スリーピー・ホローの伝説(アーヴィング)のあらすじ・登場人物
首なし騎士が駆ける谷
- 怪奇
- 風刺
- 翻訳
- 文字数
- 31,913字
- 読了目安
- 約1時間4分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
アメリカの作家ワシントン・アーヴィングが、1819年から1820年にかけて分冊で刊行した『スケッチ・ブック』に収めた短編「The Legend of Sleepy Hollow」を、児童文学者で翻訳家の吉田甲子太郎が訳したもの(新潮文庫『スケッチ・ブック』所収)。ニューヨークの老紳士ディードリッヒ・ニッカボッカーの遺稿という体裁をとる。舞台はハドソン河畔、オランダ系移民の子孫が暮らす谷間スリーピー・ホロー。独立戦争で首を失った騎兵の亡霊が夜ごと駆けるという言い伝えの残るこの土地に、コネティカット生まれのひょろ長い教師イカバッド・クレーンが住みつき、富農の一人娘カトリーナに思いを寄せる。農家の豊かな食卓や秋の田園の描写と、迷信深い人々や主人公を笑うユーモアが同居する語り口で、「リップ・ヴァン・ウィンクル」と並ぶアーヴィングの代表作。首なし騎士の伝説は、のちに映画やアニメーションに何度も翻案されている。
あらすじ
ハドソン河畔のタリー・タウンに近い谷間スリーピー・ホローは、眠気を誘うような静けさに包まれ、住民たちは迷信や怪談を好んで語りあう土地である。なかでも名高いのは、独立戦争で大砲の弾に首を飛ばされたヘッセン騎兵の亡霊が、夜ごと首を探して馬を駆るという「首なし騎士」の伝説だった。この谷に、コネティカット生まれの教師イカバッド・クレーンが住みつく。ひょろ長い体に鶴のような風貌の彼は、生徒の家々を泊まり歩いて食事の世話になり、讃美歌の指導もして村の女たちに重宝がられる一方、魔術の本を愛読する大の怪談好きでもあった。イカバッドは、裕福な農夫ヴァン・タッセルの一人娘カトリーナに心を奪われ、その豊かな農場を手に入れる夢までふくらませる。だが彼女には、腕っぷしの強い荒くれ者ブロム・ボーンズも言い寄っており、ブロムは仲間とともにイカバッドにいたずらを仕掛ける。秋のある日、ヴァン・タッセル家の宴に招かれたイカバッドは、農夫ハンス・ヴァン・リッパーから借りた老馬ガンパウダーに乗って出かけ、ご馳走とダンスを楽しんだのち、客たちが語る首なし騎士の怪談に聞き入る。宴のあと、カトリーナと二人きりで話したイカバッドは、なにかうまくいかなかったらしく、しょんぼりと夜道を帰ることになる。暗い森の小川のほとりで、彼は黒馬にまたがった大きな騎士に出会う。その騎士には頭がなく、首は鞍の前に載っていた。必死に逃げるイカバッドは教会の橋を渡りきるが、振り返ったところへ騎士が頭を投げつけ、彼は馬から転げ落ちた。翌朝、川岸でイカバッドの帽子と、そのそばに潰れた南瓜が見つかったが、本人は姿を消したままだった。村人たちは彼が亡霊にさらわれたのだと噂する。のちに、彼は遠い土地で生きていて弁護士から判事になったという話も伝わり、カトリーナと結婚したブロムは、南瓜の話が出ると愉快そうに笑うのだった。
登場人物
- イカバッド・クレーン コネティカット生まれの教師。ひょろ長い体つきで、大の怪談好き
- カトリーナ・ヴァン・タッセル 富農の一人娘。イカバッドとブロムが思いを寄せる
- ブロム・ボーンズ 本名ブロム・ヴァン・ブラント。腕っぷしと乗馬が自慢の荒くれ者
- ボールタス・ヴァン・タッセル カトリーナの父。裕福で鷹揚な農夫
- ハンス・ヴァン・リッパー イカバッドに老馬ガンパウダーと鞍を貸す農夫
- 首なし騎士 独立戦争で首を失ったヘッセン騎兵の亡霊と言い伝えられる
冒頭部(原文より)
ハドソン河の河幅がひろがり、むかしオランダ人の航海者がタッパン・ジーと名づけていたところでは、彼らは用心していつでも帆をちぢめ、航海者の守り、聖ニコラスに加護をねがいながら、横断したものだ。そこの東側の岸にくいこんでいる広い入江の奥に、小さな市場か田舎の港といったような町があり、ある人たちはグリーンズバラと呼んでいるが、本来はタリー・タウン(ぶらつき町)という名が正しく、また普通にはその名で知られている。聞くところによれば、この名は、そのむかしこの近隣の女房たちがつけたもので、市場のひらかれる日に亭主連が村の居酒屋のあたりをぶらついてはなれない頑固な癖があったからだという。それはともかくとして、わたしはこの事実の真偽のほどはうけあわない。ただ一応そのことを述べて、正確と厳正を期そうというわけである。この村からさほど遠くない、おそらく二マイルほどはなれた高い丘に、小さな渓谷、というよりはむしろ窪地というべきところがあるが、そこは世の中でいちばん静かな場所である。小川が滑るように流れそのせせらぎは人を眠りにいざない、ときたま鶉が鳴いたり、啄木鳥の木を叩く音が聞えるが、あたりに漲ぎる静寂を破る響はそれくらいのものだ。
「スリーピー・ホローの伝説」アーヴィング(青空文庫)
末尾部(原文より)
しかし、田舎の老婆たちは、こういうことについては最上の審判官であるのだが、彼女らは今でも、イカバッドは超自然的な方法でふしぎにも運び去られたのだと言っている。この近辺のひとびとは冬の夜に炉をかこみ、好んでこの物語をするのである。例の橋はいよいよもって迷信的な恐怖の対象となり、そのためであろうが、近年になって道すじが変えられ、教会へ行くには水車用水池の端を通るようになった。学校は使わなくなって、間もなく朽ちおちてしまい、不幸な先生の幽霊が出るといわれたものである。農夫の子が、静かな夏の日ぐれに家路をたどるときには、しばしばあの先生の声が遠くに聞え、もの悲しい讃美歌を人影もないしずかなスリーピー・ホローで歌っているような気がしたものである。
「スリーピー・ホローの伝説」アーヴィング(青空文庫)
名文
眠気をさそう夢のような力がこのあたりをおおっており、大気の中にさえ立ちこめているようだった。
「まどろみの窪」と呼ばれる谷を描く冒頭近くの一文。ハドソン河畔のオランダ系移民の村に漂う、夢とうつつの境のような空気を伝える。
しかし、この妖術をかけられた地方につきまとう主領の精霊で、空中の魔力の総大将とおぼしいのは、首の無い騎士の亡霊である。
谷の伝説の主役「首なし騎士」が初めて語られる箇所。独立戦争で頭を失った騎兵の亡霊が、夜な夜な首をさがして馬を駆るという。
風の強い日に彼が丘の背を大股で歩き、洋服をばくばくと風になびかせてゆくのを見ると、貧乏神が地上におりてきたのか、あるいは、どこかの案山子が玉蜀黍の畑から逃げだしてきたのかとまちがえるかもしれない。
やせて手足ばかり長い教師イカバッド・クレーンの姿を描く一節。名前の「鶴」そのままの風貌を、からかい半分の比喩で描き出す。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。
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- リップ・ヴァン・ウィンクル
- 駅伝馬車 1935年(昭和10年)9月