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片男波(小栗風葉)のあらすじ・登場人物

端午の夜、人妻に告げた想い

  • 恋愛
  • 心理

小栗風葉 1896年(明治29年)7月 「文藝倶楽部」

文字数
2,792字
読了目安
約6分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

小栗風葉が二十一歳のときに発表した文語体の短編。1896年(明治29年)7月、雑誌『文藝倶楽部』の臨時増刊「海嘯義捐小説」に寄せられた一編で、同年6月の明治三陸大津波の義捐のために編まれた号にあたる。舞台は漁村の端午の夜、若い漁師の仙太が、かつて溺れかけたところを自分が助けた人妻・お照に、胸のうちを打ち明ける場面から始まる。硯友社仕込みの華麗な雅文で、義理と情愛のあいだに立つ人々の姿を描く。

あらすじ

端午の夜、漁師仲間が祝酒に酔い騒ぐ苫屋を抜け出して、若い男女が渚づたいに歩いていた。男は漁師の仙太、女は人妻のお照である。岬を廻って苫屋の火影も見えなくなったところで、仙太はついに胸のうちを打ち明ける。かつてお照が海で溺れかけたのを助けて以来、その柔かい体が忘れられず、毎日この磯へ来ては想いを凝らしてきたのだと。だがお照には源造という歴とした夫がある。想いを寄せられて心は揺れながらも、お照は人妻の身を盾に、亭主のある女がそんなことをすれば二人とも生きてはいられぬ罪人になると、きっぱり退ける。仙太は「とてもこの世じゃどうする事も出来ねえ」と諦め、来世で結ばれることを幾度も念押しする。お照が言葉を返そうとしたその刹那、大地がゆらゆらと動き出し、百雷のごとき響とともに闇を衝いて津波が押し寄せた。あらゆるものが濁流に呑まれるなか、二人は一枚の戸板にすがって漂う。そこへ「助けてくれ」と一人の男が戸板に取りつき、その重みで戸板は傾き、仙太は水に落ちて辛くも端に縋る。お照は仙太の手を取って引き揚げようとするが、背後の男に袂を掴まれ、「殺すのか」と怨みの声を浴びせられる。電気に打たれたように震えたお照は、ついに握った仙太の手を放し、背後の男を助け揚げると、みずからは逆巻く水へ身を躍らせ、流れゆく仙太の頸に両手を絡めて、二人もろとも浪の底へと沈んでいった。翌日、虫の息の男を乗せた戸板が小島の頂に流れ着く。お照が助けたその男こそ、彼女の夫・源造であった。

登場人物

冒頭部(原文より)

降続きたる卯の花くだしようようはれて、かき曇りたる天もところどころ雲の切間を、朧なる五日の月は西へ西へと急ぐなり。千載茲許に寄せては返す女浪男浪は、例の如く渚を這上る浪頭の彼方に、唯形ばかりなる一軒立の苫屋あり。暮方より同じ漁師仲間の誰彼寄り集いて、端午の祝酒に酔うて唄う者、踊る者、跂る者、根太も踏抜かんばかりなる騒ぎに紛れて、密と汀に抜出でたる若き男女あり。 「何か用なの? え、仙太様。」  と女は美かなる声の優しくまず問懸けたり。されど仙太は応答もなさで、首をたれたるまま、時々思い出したらんように苫屋の方を振返りつつ、的もなく真砂の間をざくざくと踏行きぬ。

「片男波」小栗風葉(青空文庫)

末尾部(原文より)

「こ、殺すのか! 俺を、お、俺を殺すのか!」  と怨籠めたる男の声に、お照はさながら電気に打たれたらん如く、全身ぶるぶると顫わせしが、ついに思切りて握りし仙太の手を放しつ。後なる男を引揚ぐると共に、己は身を躍らしてざんぶと逆捲く水に飛入り様、流行く仙太の頸に両手を搦みて、二人は濁に濁れる千丈の浪の底の底へと沈行きけり。  翌日虫の息なる一人の男を乗せて、とある小島の頂に流寄りたる一枚の戸板あり。乗りたるはお照が夫の源造なりき。

「片男波」小栗風葉(青空文庫)

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