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裏紫(樋口一葉)のあらすじ・登場人物

密会へ向かう若い妻

  • 恋愛
  • 心理

樋口一葉 1896年(明治29年)2月 「新文壇」

文字数
2,521字
読了目安
約5分
表記
旧字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

樋口一葉が1896年(明治29)2月に雑誌『新文壇』へ発表した短編。夫に隠れて外出する若い妻・お律の、ためらいと高ぶりが交錯する内面を追う。「上」の一章のみで終わった未完の作で、一葉の最晩年の試みを示している。

あらすじ

西洋小間物を商う小松原東二郎の若く美しい妻・お律は、夕暮れに届いた一通の女文字の手紙を、姉からの相談ごとだといつわって読む。実はそれは情夫・吉岡からの呼び出しであった。人がよく物疑いを知らぬ良人の東二郎は、姉のもとへ行ってやれと、夜分の外出をこころよく許し、車で行けとまで気づかう。その優しさが、かえってお律の胸を刺す。良人をあざむいて不義に走る自分を、犬畜生にも劣る人でなしと責めながら、お律は辻に立ちつくし、行こうか戻ろうかと幾度も迷う。今日かぎりで身を清め、吉岡との浅い交わりを人知れず断てば、あの人のためにも自分のためにもなる――そう思い切って踵を返すが、夜風に吹かれるとまた決心はゆらぐ。もとより東二郎とは形ばかりの縁で心は許すまいと定めていたのだと、お律はついに開き直る。悪人でもいたずら者でも構わぬ、わが命ある限り吉岡と切れはすまいと心を決め、頭巾の上から耳を押さえて足を速めると、胸の動悸はいつしか絶え、色のない唇に冷やかな笑みさえ浮かぶのだった。(未完)

登場人物

冒頭部(原文より)

夕暮の店先に郵便脚夫が投込んで行きし女文字の書状一通、炬燵の間の洋燈のかげに讀んで、くる/\と帶の間へ卷收むれば起居に心の配られて物案じなる事一通りならず、おのづと色に見えて、結構人の旦那どの、何うぞしたかとお問ひのかゝるに、いえ、格別の事でも御座りますまいけれど、仲町の姉が何やら心配の事が有るほどに。

「裏紫」樋口一葉(青空文庫)

末尾部(原文より)

形は行つても心は決して遣るまいと極めて置いたを、今更に成つて何の義理はり、惡人でも、いたづらでも構ひは無い、お氣に入らずばお捨てなされ、捨てられゝば結句本望、あのやうな愚物樣を良人に奉つて吉岡さんを袖にするやうな考へを、何故しばらくでも持つたのであらう、私の命が有る限り、逢ひ通しましよ切れますまい、良人を持たうと奧樣お出來なさらうと此約束は破るまいと言ふて置いたを、誰れが何のやうに優しからうと、有難い事を言ふて呉れやうと、私の良人は吉岡さんの外には無いものを、もう何事も思ひますまい思ひますまいとて頭巾の上から耳を押へて急ぎ足に五六歩かけ出せば、胸の動悸のいつしか絶えて、心靜かに氣の冴えて色なき唇には冷かなる笑みさへ浮かびぬ。

「裏紫」樋口一葉(青空文庫)

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