文学碑とは
- 分類
- その他
- 読み
- ぶんがくひ
作家や作品をしのび、その詩歌や文章の一節を刻んでゆかりの地に建てた碑。刻まれるものによって句碑・歌碑・詩碑・文学碑などと呼び分ける。句碑の歴史は古く、江戸時代には各地の門人や俳諧を好む人々が松尾芭蕉の句を刻んだ碑を盛んに建て、芭蕉の句碑はいまも全国に数多く残っている。近代の作家の碑は、多くの場合、没後に地元の人々や友人、愛読者の手で建てられた。石川啄木の最初の歌碑は、大正11年(1922年)に故郷の渋民村(現在の盛岡市)の青年たちが建てたもので、『一握の砂』の「やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに」が刻まれている。島崎藤村が小諸義塾の教師時代に詠んだ「小諸なる古城のほとり」に始まる詩の碑は、昭和2年(1927年)に小諸の懐古園に建てられた。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩碑は、羅須地人協会の跡地である花巻に昭和11年(1936年)に建てられ、賢治と親交のあった高村光太郎が詩の後半を揮毫した。広島の平和記念公園には、峠三吉の『原爆詩集』の詩を刻んだ碑がある。碑は作品の舞台や作家の暮らした土地を訪ねる文学散歩の目印ともなり、花巻の賢治の詩碑の前では、毎年命日の9月21日に賢治祭が開かれている。