白氏文集・長恨歌とは

分類
形式・ジャンル
読み
はくしもんじゅう・ちょうごんか

唐の詩人白居易(772〜846年、字は楽天)の詩文集。白居易自身が生前に編集を重ね、会昌5年(845年)に75巻として完成させた(現存は71巻)。社会の矛盾を平易な言葉で突いた「新楽府」「秦中吟」などの諷諭詩、日々の静かな暮らしをうたう閑適詩、心の動きを託した感傷詩を収める。なかでも名高いのが、元和元年(806年)、35歳の作とされる七言120句の長編詩「長恨歌」である。玄宗皇帝と楊貴妃の愛と、安史の乱のさなかの貴妃の死、残された皇帝の悲しみ、方士が仙界に貴妃の魂を訪ねるまでをうたい、「天に在りては願はくは比翼の鳥と作り、地に在りては願はくは連理の枝と為らん」の句で知られる。白氏文集は白居易の在世中にすでに日本へ伝わり、平安時代には「文集」といえばこの書を指すほど愛読された。清少納言は『枕草子』で「文は文集、文選」と書き、中宮定子に「香炉峰の雪いかならむ」と問われて御簾を高く上げた章段は、白居易の詩句「香炉峰の雪は簾を撥げて看る」を踏まえたものである。紫式部は『源氏物語』の冒頭「桐壺」で、帝の寵愛を一身に受ける更衣を楊貴妃の例になぞらえ、更衣を失った帝に長恨歌の絵を朝夕眺めさせ、比翼連理の誓いを思わせる言葉を語らせた。『紫式部日記』には、中宮彰子に「楽府」を人目を避けて講じたことが記されている。藤原公任の『和漢朗詠集』でも、漢詩の句は白居易のものが最も多く採られた。平明で口ずさみやすい詩風が、和歌と物語を中心とする王朝の文学に深くなじんだのである。

関連する用語

この用語に関わる作品

この用語に関わる作家