漢詩文とは
- 分類
- 形式・ジャンル
- 読み
- かんしぶん
日本人が漢語で作った詩(漢詩)と文章(漢文)。中国から漢字とともに入った表現の様式で、明治に至るまで、和歌・和文と並ぶもう一つの文学の柱であり続けた。現存最古の漢詩集は天平勝宝3年(751年)に成立した『懐風藻』で、近江朝以来の詩約百二十首を収める。平安初期には漢詩文が国家の教養として重んじられ、嵯峨天皇の命による『凌雲集』(814年)『文華秀麗集』、淳和天皇の命による『経国集』という三つの勅撰漢詩集が編まれた。菅原道真は自らの詩文を『菅家文草』にまとめ、空海の『性霊集』も名高い。中世には京都・鎌倉の禅林を舞台とする五山文学が栄え、近世には儒学の隆盛とともに士人一般の教養となって、頼山陽らが世に出た。明治になっても漢詩の素養は文学者の基礎で、夏目漱石は学生時代から晩年まで漢詩を作り続け、正岡子規も少年期から漢詩に親しんでいる。漢詩文の語彙と調子は訓読を通じて日本語の文章に深く入りこみ、和漢混淆文や近代の文語文を支えた。
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- 正岡子規 1908年(明治41年)9月