人間(雑誌)とは
- 分類
- 結社・団体
- 読み
- にんげん
「人間」を名のる文芸雑誌は、大正期と戦後に二つある。大正期の「人間」は、大正8年(1919年)11月に里見弴・久米正雄・吉井勇・田中純らが創刊したもので(発行は玄文社、のち人間社)、同人誌として出発しながら広く執筆者を求め、大正11年(1922年)6月まで続いた。芥川龍之介の掌編集『LOS CAPRICHOS』(大正11年)もこの雑誌に載っている。戦後の「人間」は、昭和21年(1946年)1月、久米正雄・川端康成・高見順ら鎌倉に住む文学者が営んだ出版社・鎌倉文庫から創刊された。編集者・木村徳三のもとで、戦後文学の復興と新人の紹介に力を注いだ。敗戦直後の大阪の闇市の話を織り込んだ織田作之助の『世相』(昭和21年)、太宰治が津軽の海辺の村を舞台にした戯曲『春の枯葉』(昭和21年)と短編『父』(昭和22年)、闇屋暮らしの男と上京してきた母を描く坂口安吾の『母の上京』(昭和22年)、横光利一の没後に発表された遺作『微笑』(昭和23年)など、焼け跡の時代を映す作品が並んだ。昭和25年(1950年)からは目黒書店が発行を引き継いだが、昭和26年(1951年)8月に終刊した。