小川未明の生涯と代表作
童話に深い海
- 生没
- 1882–1961
- 出身
- 新潟県
- Wikipedia
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略歴
1882年(明治15年)、新潟県高田(現・上越市)生まれ。本名は健作。早稲田大学で坪内逍遥・島村抱月に学び、逍遥から「未明」の号を与えられた。「赤い蝋燭と人魚」「野ばら」など叙情と象徴に満ちた童話を数多く残し、日本児童文学の草分けとして「児童文学の父」と称される。初期には浪漫的な小説も書いたが、のちに童話に専念し、弱く貧しい者への温かなまなざしと社会への静かな批評を作品にこめた。抱月の勧めで児童向け出版物の編集に携わり、1910年に最初の童話集「赤い船」を刊行した。「赤い鳥」にも作品を寄せ、1926年には童話作家として活動する決意を公にした。子どもの世界を通じて、差別や戦争、命を軽んじる社会のあり方にも問いを向けている。1961年(昭和36年)没。