谷崎潤一郎の名文

谷崎潤一郎の作品から、よく知られた一節を集めました。

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刺青

其れはまだ人々が「愚」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。

谷崎の耽美の世界を告げる名高い書き出し。「愚」が貴い徳でありえた時代への憧憬から、妖しい物語が立ち上がる。

親方、私はもう今迄のような臆病な心を、さらりと捨てゝしまいました。―――お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ

背に女郎蜘蛛を彫られた娘が、彫師の清吉へ言い放つ結び。彫る者と彫られる者の立場が入れ替わる一瞬。

痴人の愛

私はこれから、あまり世間に類例がないだろうと思われる私達夫婦の間柄に就いて、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの事実を書いて見ようと思います。

手記の体裁で始まる告白の書き出し。少女ナオミを理想の女に育てようとした男が、やがて彼女に隷従していく顛末を予告する。

これで私たち夫婦の記録は終りとします。これを読んで、馬鹿々々しいと思う人は笑って下さい。教訓になると思う人は、いい見せしめにして下さい。私自身は、ナオミに惚れているのですから、どう思われても仕方がありません。 ナオミは今年二十三で私は三十六になります。

手記の結び。ナオミに翻弄されながらも、惚れているのだから仕方がないと開き直る譲治の告白が、互いの年齢を告げる淡々とした一行で締めくくられる。

卍

先生、わたし今日はすっかり聞いてもらうつもりで伺いましたのんですけど、折角お仕事中のとこかまいませんですやろか?

谷崎潤一郎『卍』の書き出し。園子が「先生」に身の上を語り始める関西弁の告白体で、一気に物語へ引き込む。

蓼喰う虫

美佐子は今朝からときどき夫に「どうなさる? やっぱりいらっしゃる?」ときいてみるのだが、夫は例の孰方つかずなあいまいな返辞をするばかりだし、彼女自身もそれならどうと云う心持もきまらないので、ついぐずぐずと昼過ぎになってしまった。

『蓼喰う虫』の冒頭。冷えきった夫婦が、決断できないまま出かける用意だけを整える、ゆるやかな倦怠から物語が始まる。

吉野葛

私は自分の口腔に吉野の秋を一杯に頬張った。思うに仏典中にある菴摩羅果もこれほど美味ではなかったかも知れない。

谷崎潤一郎『吉野葛』で、菜摘の里の旧家でもてなされた熟柿「ずくし」を味わう場面。吉野の秋を頬張るという一文が鮮やか。

青春物語

読んでゐる間彼は一語も発しなかつたが、読み終るや否や、「こんな面白いものを読んだことがない」と、興奮しきつた口調で云ひ、「君、握手しよう」と、いきなり私の手を握つた

谷崎の回想記『青春物語』から。同人の木村が「刺青」の原稿を一気に読み、真っ先に激賞してくれた場面である。

「永井さんだ」と、誰かゞ私の耳の端で云つた。私も一と眼で直ぐさう悟つた。そして一瞬間、息の詰まるやうな気がした。

第一回「パンの会」で、畏敬する永井荷風の姿を初めて見た瞬間。若き谷崎の緊張と憧れが生々しく伝わる。

春琴抄

春琴、ほんとうの名は鵙屋琴、大阪道修町の薬種商の生れで歿年は明治十九年十月十四日、墓は市内下寺町の浄土宗の某寺にある。

墓誌を読み上げるように事実だけを並べた書き出し。盲目の三味線師と弟子・佐助の常軌を逸した献身を、古文書めいた語りで淡々と起こす。

ある朝早く佐助は女中部屋から下女の使う鏡台と縫針とを密かに持って来て寝床の上に端座し鏡を見ながら我が眼の中へ針を突き刺した

焼けただれた春琴の顔を見まいと、佐助が自ら目を突く場面。句読点を排した文体が、異様な献身を一息に語り切る。

陰翳礼讃

かつて漱石先生は「草枕」の中で羊羹の色を讃美しておられたことがあったが、そう云えばあの色などはやはり瞑想的ではないか。

羊羹の色を語る名高い一節。暗がりでこそ映える日本の美を説いた随筆で、陰翳が美を生むという主題をそのまま体現する。

美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。

本書の主張がもっとも凝縮された一文。美は物そのものではなく、光と闇が生む陰翳の中に宿ると説く。

われ〳〵東洋人は何でもない所に陰翳を生ぜしめて、美を創造するのである。

西洋の明るさに対し、日本の美が薄暗がりの中で生まれることを論じた一節。何もないところに陰影を作り出して美とする、日本人の美意識の核心を言い当てる。

細雪

「こいさん、頼むわ。―――」

大阪・船場の四姉妹を描く長篇の書き出し。末の妹を呼ぶ船場言葉のひと声だけで、姉妹の睦まじさと、やがて失われる上方の暮らしの気配を伝える。

下痢はとうとうその日も止まらず、汽車に乗ってからもまだ続いていた。

長い物語を締めくくる最後の一文。雪子の結婚が決まり、婚礼のため東京へ向かう汽車の中で、華やぎとは無縁の身体の不調に筆を留める、意表を突く幕切れとして名高い。

幸子は去年黄疸を患ってから、ときどき白眼の色を気にして鏡を覗き込む癖がついたが、あれから一年目で、今年も庭の平戸の花が盛りの時期を通り越して、よごれて来る季節になっていた。

谷崎潤一郎『細雪』中巻の書き出し。黄疸から一年、平戸の花が盛りを過ぎる季節に幸子が去年を思い出す。季節と記憶を重ねる谷崎らしい筆致。

全く、この姉妹はただ徒に似ていると云うのとは違って、それぞれ異なった特長を持ち、互に良い対照をなしながら、一方では紛う方なき共通点のあるところが、見る人の目にいかにもよい姉妹だと云う感を与えた。

蒔岡家の三姉妹(幸子・雪子・妙子)が並んだ姿を描く。似ていながら異なる個性という、作品の基調を伝える一節。

そして普通の洪水と違うのは、六甲の山奥から溢れ出した山津浪なので、真っ白な波頭を立てた怒濤が飛沫を上げながら後から後からと押し寄せて来つつあって、恰も全体が沸々と煮えくり返る湯のように見える。たしかにこの波の立ったところは川でなくて海、―――どす黒く濁った、土用波が寄せる時の泥海である。

中巻の阪神大水害の場面。六甲から溢れた山津浪が一帯を泥海に変える様子を、貞之助の目を通して迫力をもって描く。

彼女たちがいつも平安神宮行きを最後の日に残して置くのは、この神苑の花が洛中に於ける最も美しい、最も見事な花であるからで、円山公園の枝垂桜が既に年老い、年々に色褪せて行く今日では、まことに此処の花を措いて京洛の春を代表するものはないと云ってよい。

毎年の京都の花見で、最後に平安神宮の神苑を訪れる姉妹たちを描く。桜をめぐる行事を細やかに綴った、『細雪』の美しさを代表する場面。

鍵

一月一日。………僕ハ今年カラ、今日マデ日記ニ記スコトヲ躊躇シテイタヨウナ事柄ヲモアエテ書キ留メルコトニシタ。

『鍵』の冒頭。夫の日記は、妻に読まれることを承知の上で、性生活のことまで書き留めると宣言する。夫婦が互いの日記を盗み読む、日記体の小説。

瘋癲老人日記

十六日。………夜新宿ノ第一劇場夜ノ部ヲ見ニ行ク。出シ物ハ「恩讐の彼方へ」「彦市ばなし」「助六曲輪菊」デアルガ他ノモノハ見ズ、助六ダケガ目的デアル。

老人の日記という形で書かれた『瘋癲老人日記』の最初の記述。この老人は、のちに息子の嫁・颯子への思慕を深めていく。

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谷崎潤一郎