天保の改革とは
- 分類
- その他
- 読み
- てんぽうのかいかく
老中水野忠邦が、天保12年(1841年)から天保14年(1843年)にかけて行った幕政改革。倹約令を中心に、物価の引き下げ、風俗の取り締まり、出版統制などを進め、贅沢と見なされたものを厳しく規制した。文学や芸能にも大きな影響があり、遊里を舞台とし、庶民の恋を描く人情本は風俗を乱すものとして取り締まりを受けた。為永春水は天保13年(1842年)に処罰され、手鎖50日の刑を受けて、翌年に没した。同じ年には、『偐紫田舎源氏』の作者・柳亭種彦の作品も絶版となり、種彦は没した。芝居も取り締まられ、江戸の芝居小屋は浅草の猿若町に移された。曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』はこの年に完結したが(天保13年)、化政文化の勢いは大きく後退した。水野は天保14年に失脚し、改革は短期間で終わったが、戯作の衰退を決定づけた出来事として、近世文学史では重要な節目とされる。
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- 春色梅児誉美 1832年1月