吹雪物語――夢と知性――(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
雪国に帰った男の夢と知性
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 275,347字
- 読了目安
- 約9時間11分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 新潟県
この作品について
1938年、竹村書房から刊行された坂口安吾の長編小説。東京から故郷の新潟へ戻り、地方新聞の編輯長になった青木卓一を中心に、叔父、昔の恋人、新聞社の同僚たちの愛と退屈と孤独を、雪国の暗い冬の空気のなかに描く。作者自身の恋愛体験が反映された作品とされ、副題の「夢と知性」が示すように、観念と実感のずれに悩む人物たちの心理が、饒舌な文体で執拗に語られる。
あらすじ
一九三×年、青木卓一は叔父の田巻左門に呼ばれ、東京から故郷の新潟に帰り、地方新聞「越後新報」の編輯長になる。左門には早世した息子の嫁の文子がおり、手放したくない左門は、甥の卓一と文子が自然に結ばれることをひそかに望んでいた。だが卓一を故郷に呼んだ面影は、四年前に別れた、ピアノ修業中の古川澄江だった。卓一と澄江は互いに愛しながら貪婪に心を探りあい、卓一は裏切られたという嘆きを抱えて自ら離れていったのだった。着任した卓一は、前の編輯長野々宮が不倫の恋にやつれているのに接し、やがて由子という女とも深く関わってゆく。部下の木村重吉は卓一に心酔しながら、由子をめぐって卓一と三人の奇妙な関係に入りこむ。そのいっぽうで文子は、歯科医との噂を残して行方をくらまし、老いた左門は孤独を深める。春が来て初夏になるころ、卓一は新潟を去り、由子も町を立ち去り、文子もすでに消息を断っていた。左門は世を去り、左門の知人の他巳吉もまもなく死ぬ。作者は彼らのその後を何も知らないと断り、冬になって、名人の能を見るために東京行きの列車に飛び乗る木村重吉の姿で物語を終える。
登場人物
- 青木卓一 東京から新潟に戻り、新聞の編輯長になる三十歳の男
- 田巻左門 卓一の叔父。老いて孤独を深める
- 文子 左門の亡き息子の嫁。卓一の結婚相手と目される
- 古川澄江 卓一の昔の恋人。ピアノの修業をしていた
- 木村重吉 編輯部員。卓一を慕う
- 由子 卓一と木村重吉が関わる女
- 野々宮 前の編輯長
冒頭部(原文より)
一九三×年のことである。新潟も変つた。雪国の気候の暗さは、真夏の明るい空の下でも、道路や、建築や、行き交ふ人々の表情の中に、なにがなし疲れの翳を澱ませて、ひそんでゐる。さういふ特殊な気候の暗さや、疲れの翳が、もはや殆んど街の表情に見られないのだ。まづ第一に鋪装道路。表通りの商店街は、どの都市にもそつくり見かけるあたりまへの商店建築が立ちならび、壁面よりも硝子の多い軽快な洋風商店、ビルディング、ネオンサイン、酒場、同じことだ。築港の完成。満洲国との新航路開通といふこの市の特殊な事情もあるけれども、変つたのは、あながちこの市の話だけではないらしい。欧洲で言へば、世界大戦を境にして、と言ふところだが、日本では、恐らく関東大震災を境にして、と言ふのであらう。日本中の都会の顔が、例外なしに変つたらしい。
「吹雪物語――夢と知性――」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
ひとつ東京へ走つてやらう。彼は心をきめてゐた。そして名人の至芸を見よう。恐らく心は、泪を流してしまふであらう。内にあらゆる波瀾を抑えた不動の静寂を見るがいい。俺は多くを望まない。その静寂と、その感動で、沢山なのだ、と。 そして期日の前日がくると、彼は社へ欠勤のことはりもせず、同僚にすら一語も語らず、東京行きの列車に乗り込んでしまつてゐた。――その木村重吉に、入場券が売切れだつたら。これは作者の意地の悪いいたづらである。呵々。
「吹雪物語――夢と知性――」坂口安吾(青空文庫)
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