火の鳥(太宰治)のあらすじ・登場人物
火の鳥未完の長篇
- 心理
- 恋愛
- 文字数
- 37,741字
- 読了目安
- 約1時間15分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
女優・高野幸代の半生を追って書き進められ、「火の鳥未完」の一語で中断された太宰治の長篇。1939年(昭和14年)に作品集「愛と美について」へ収められた。序編で描かれるのは、女優になる前のさちよと、須々木乙彦という青年との出会いである。会津の山あいに生まれ、白虎隊の血を引く娘が、男に寄りかからずに生きようとする姿には、のちの太宰作品に通じる女性像の原型がある。
あらすじ
序編は、女優・高野幸代が女優になる前の話である。昭和五年の秋、古着屋で黒無地の羽織をあつらえた貧しい大学生・須々木乙彦は、帝国ホテルの前に立つ。彼に伴われていたのが、十九のさちよだった。乙彦は美しい顔の青年に向かって、親孝行はそれだけで生きる目的になる、しのんでつつましくやっていけば渡る世間に鬼はないのだと語り、わかれ際に「僕の真似なんかしちゃいけないよ」と言い残す。ふたりきりになったとき、さちよは「あなた、死ぬのね」と言いあてた。生きていてくれ、なんでもする、と訴えるさちよに、乙彦は「だめなんだ」と答える。その夜、二人はホテルの一室で薬を飲み、並んで坐ったまま冷たくなっていた——乙彦は死に、女は生きた。物語はそこから、奥羽の山中に生まれたさちよの生い立ちへとさかのぼる。曾祖父は医者、祖父は白虎隊の一人。気品高い母と、画家になりたいという願いを胸に秘めたまま弱気に暮らす養父のもとで、霧と木霊の中に育った少女が、やがて女優として世に出てゆく。その後の歳月は、断片を重ねながら未完のまま閉じられる。
登場人物
- 高野さちよ(幸代) 奥羽の山あいに生まれ、のちに女優となる
- 須々木乙彦 貧しい大学生。さちよと薬を飲み、自分だけが死ぬ
- 数枝 さちよの近しい友。歯に衣着せずに意見する
- 助七 さちよをめぐる男たちの一人
冒頭部(原文より)
序編には、女優高野幸代の女優に至る以前を記す。 昔の話である。須々木乙彦は古着屋へはいって、君のところに黒の無地の羽織はないか、と言った。 「セルなら、ございます。」昭和五年の十月二十日、東京の街路樹の葉は、風に散りかけていた。 「まだセルでも、おかしくないか。」 「もっともっとお寒くなりましてからでも、黒の無地なら、おかしいことはございませぬ。」 「よし。見せて呉れ。」 「あなたさまがお召しになるので?」角帽をあみだにかぶり、袖口がぼろぼろの学生服を着ていた。 「そうだ。」差し出されたセルの羽織をその学生服の上にさっと羽織って、「短かくないか。」五尺七寸ほどの、痩せてひょろ長い大学生であった。 「セルのお羽織なら、かえって少し短かめのほうが。」 「粋か。いくらだ。」
「火の鳥」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
いずれ、そんなことだろうと思っていた。たいへんな出世だ。さ、案内し給え。どこの男だ。さちよにそんなことさせちゃ、いけないのだ。」 円タクひろった。淀橋に走らせた。 自動車の中で、 「ばかだ。ばかも、ばかも、大ばかだ。君には、お礼を言う。よく知らせて呉れた。」数枝は、不吉な予感に、気が遠くなりそうだった。「僕は、さちよを愛している。愛して、愛して、愛している。誰よりも高く愛している。忘れたことが、なかった。あのひとの苦しさは、僕が一ばん知っている。なにもかも知っている。あのひとは、いいひとだ。あのひとを腐らせては、いけない。ばかだ、ばかだ。ひとのめかけになるなんて。ばかだ。死ね! 僕が殺してやる。」 「火の鳥未完」
「火の鳥」太宰治(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。