邪宗門(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
都に現れた邪宗の沙門と若殿
- 歴史
- 幻想
- 文字数
- 40,186字
- 読了目安
- 約1時間20分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
芥川竜之介が1918年(大正7年)10月から12月にかけて「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」に連載した王朝物の長編。同じ年に発表した「地獄変」と同じ語り手の老侍が、堀川の大殿の跡を継いだ若殿の生涯でただ一度の不思議な出来事を語るという、後日談の形をとる。繊細で皮肉屋の風流人である若殿の恋と、都に現れて「天上皇帝」の教えを説く異形の沙門・摩利信乃法師の妖しい法力とが、しだいに絡み合っていく。敬語体の語りで描かれる王朝絵巻のような情景と、キリシタンを思わせる「邪宗」の不気味さが読みどころ。連載は物語の山場を前に中絶し、未完のまま残された。
あらすじ
堀川の大殿に仕えた老侍の「私」が、地獄変の屏風の話に続いて、若殿の生涯でただ一度の不思議な出来事を語る。大殿は凶兆が続いたのち、身のうちが焼けるような熱病で無残な最期を遂げる。豪放な父と違って繊細で優雅な若殿は、笙の師である中御門の少納言が大殿の饗応の帰りに急死し、秘伝の譜が自分の机に届けられた一件から、父と冷たく反目していた。家督を継いだ若殿は風流の世を開き、やがて少納言の遺した美しく闊達な姫君に恋文を送り続ける。そのころ洛中に、女菩薩の画像と十文字の護符を掲げた異形の沙門・摩利信乃法師が現れ、「天上皇帝」の教えを説いて病を癒し、逆らう者には罰を下して信者を増やしていく。姫君の老侍・平太夫は少納言の仇と堀川家を恨み、盗人を雇って月夜に若殿を襲うが、若殿は機知で盗人を味方につけて平太夫を捕え、罪を許して恋文の使いを命じる。これを機に若殿と姫君は結ばれる。ところが「私」の甥は、平太夫と摩利信乃法師が五条の橋の上で密談するのを聞く。法師はかつて姫君の幼馴染の若い貴公子だったらしく、姫君を教化するために対面を望み、平太夫は取り次ぎを約束する。凶事を恐れた甥と「私」は夜の四条河原で法師の小屋を襲うが、法師の呼び出した炎の軍勢の幻にひれ伏し、その肩に姫君のものらしい袿を見る。秋、嵯峨の阿弥陀堂の供養の庭に法師が乗り込み、検非違使を倒し、法力比べを挑んだ横川の僧都の金甲神まで打ち破る。誰か天上皇帝の威徳を試す者はいないかと法師が呼ばわったとき、東の廊から「応」と答えて庭へ下りたのは若殿であった。物語はここで中絶している。
登場人物
- 若殿 堀川の大殿の嫡子。繊細で風流を好み、皮肉屋で物に動じない。家督を継いだのち中御門の姫君に恋をする
- 大殿 若殿の父。豪放な権力者で、地獄変の屏風を描かせた人物。凶兆ののち怪しい熱病で急死する
- 中御門の姫君 亡き少納言の一人娘。美しく闊達で、言い寄る殿上人を手玉に取る
- 平太夫 姫君に仕える老侍。少納言の死を堀川家の仕業と恨み、若殿の命を狙う
- 摩利信乃法師 女菩薩の画像と十文字の護符を掲げ、「天上皇帝」の教え(摩利の教)を説く異形の沙門
- 私 堀川家に仕える老侍。物語の語り手
- 私の甥 堀川家の若い侍。若殿の供をつとめ、摩利信乃法師の動きを探る
冒頭部(原文より)
一 先頃大殿様御一代中で、一番人目を駭かせた、地獄変の屏風の由来を申し上げましたから、今度は若殿様の御生涯で、たった一度の不思議な出来事を御話し致そうかと存じて居ります。が、その前に一通り、思いもよらない急な御病気で、大殿様が御薨去になった時の事を、あらまし申し上げて置きましょう。 あれは確か、若殿様の十九の御年だったかと存じます。思いもよらない急な御病気とは云うものの、実はかれこれその半年ばかり前から、御屋形の空へ星が流れますやら、御庭の紅梅が時ならず一度に花を開きますやら、御厩の白馬が一夜の内に黒くなりますやら、御池の水が見る間に干上って、鯉や鮒が泥の中で喘ぎますやら、いろいろ凶い兆がございました。中でも殊に空恐ろしく思われたのは、ある女房の夢枕に、良秀の娘の乗ったような、炎々と火の燃えしきる車が一輛、人面の獣に曳かれながら、天から下りて来たと思いますと、その車の中からやさしい声がして、「大殿様をこれへ御迎え申せ。」と、呼わったそうでございます。その時、その人面の獣が怪しく唸って、頭を上げたのを眺めますと、夢現の暗の中にも、唇ばかりが生々しく赤かったので、思わず金切声をあげながら、その声でやっと我に返りましたが、総身はびっしょり冷汗で、胸さえまるで早鐘をつくように躍っていたとか申しました。でございますから、北の方を始め、私どもまで心を痛めて、御屋形の門々に陰陽師の護符を貼りましたし、有験の法師たちを御召しになって、種々の御祈祷を御上げになりましたが、これも誠に遁れ難い定業ででもございましたろう。
「邪宗門」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
「御坊の手なみはすでに見えた。金剛邪禅の法を修したとは、とりも直さず御坊の事じゃ。」 勝ち誇ったあの沙門は、思わずどっと鬨をつくった人々の声を圧しながら、高らかにこう罵りました。その声を浴びた横川の僧都が、どんなに御悄れなすったか、それは別段とり立てて申すまでもございますまい。もしもあの時御弟子たちが、先を争いながら進みよって、介抱しなかったと致しましたら、恐らく満足には元の廊へも帰られなかった事でございましょう。その間に摩利信乃法師は、いよいよ誇らしげに胸を反らせて、 「横川の僧都は、今天が下に法誉無上の大和尚と承わったが、この法師の眼から見れば、天上皇帝の照覧を昏まし奉って、妄に鬼神を使役する、云おうようない火宅僧じゃ。されば仏菩薩は妖魔の類、釈教は堕獄の業因と申したが、摩利信乃法師一人の誤りか。さもあらばあれ、まだこの上にもわが摩利の法門へ帰依しょうと思立たれずば、元より僧俗の嫌いはない。何人なりともこの場において、天上皇帝の御威徳を目のあたりに試みられい。」と、八方を睨みながら申しました。 その時、また東の廊に当って、 「応。」と、涼しく答えますと、御装束の姿もあたりを払って、悠然と御庭へ御下りになりましたのは、別人でもない堀川の若殿様でございます。(未完)
「邪宗門」芥川龍之介(青空文庫)
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