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姦淫に寄す(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

神を信じぬ男と未亡人

  • 心理
  • 恋愛

坂口安吾 1934年(昭和9年)5月 「行動」

文字数
10,094字
読了目安
約20分
表記
新字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都
  • 神奈川県

この作品について

1934年(昭和9年)、雑誌「行動」に発表された坂口安吾の初期の短編。九段坂下の下宿で自殺者が出た隣室へ、わざわざ引っ越していった風変わりな大学生が主人公。語り手は「こんな男は〜と読者は決めてしまったに相違ない」と読者へ話しかけ、人物の内面を安易に決めつけまいとする奇妙な距離感で筋を運んでゆく。教会の聖書講義会で出会った年上の未亡人との交わりを通して、愛とも信仰ともつかない感情の揺れを追う。

あらすじ

九段坂下の下宿で勤め人が自殺した。当分借り手がつくまいと宿の者がこぼすのを聞いて、隣室の大学生・村山玄二郎は「そんなら俺が移らうかな」と呟き、本当にその部屋へ移ってしまう。極度の近視で非社交的、人には機械的な笑みを刻むだけの彼は、水曜の夕方になると決まって出かけてゆく。行き先は教会の聖書講義会だった。神を信じたことがあるのかも定かでない彼に、会員の氷川澄江が声をかける。四十に近い美しい未亡人で、教会の中にいながら少しも宗教的には見えない人だった。二人は夜更けまで語りあい、芝居や映画にも通うようになる。春、玄二郎は嵐の日に澄江の大磯の別荘へ招かれる。来客のにぎわいの中でも、彼女の熱っぽく落ち着かない様子は隠せなかった。その後、玄二郎は二度と其処へ現れず、彼女が自分との一日をどう受けとめているのか、確かめるすべもないまま、すべてはひとつの季節のように遠ざかってゆく。

登場人物

冒頭部(原文より)

九段坂下の裏通りに汚い下宿屋があつた。冬の一夜、その二階の一室で一人の勤め人が自殺した。原因は色々あつたらうが、どれといつて取立てて言ふほどの原因もない、いはば自殺に適した生れつきの、生きてゐても仕様のない湿つぽい男の一人であつたらしい。第一、書置もなかつたのである。そんなあつさりした死に方が却つて人々を吃驚させたらしいが、その隣室に住んでゐて、死んだ隣人の顔さへ見知らずに暮してゐたといふ図抜けた非社交性と強度の近視眼をもつた一人の大学生だけが、隣室のこんな大事に見世物ほどの好奇心さへ起すことなく寝ころんでゐた。

「姦淫に寄す」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

それに彼女は玄二郎が二度と其処へ現れないことを見抜く力量もある筈だから。尤も玄二郎に再会したと仮定しても、彼女が動揺を覚える理由は全くなかつたかも知れないのである。彼女は玄二郎に見せてしまつた一日の激しい疲労を恰も夢の出来事のやうに忘れることもできたであらうから。然りとすれば、杞憂を懐いた玄二郎こそ、詩も花もない一野獣の姦淫に盲ひた野人であつたのだらう。

「姦淫に寄す」坂口安吾(青空文庫)

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