杜子春(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
洛陽の夕暮れに始まる夢幻
- 幻想
- 歴史
- 文字数
- 9,154字
- 読了目安
- 約18分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
1920年(大正9年)7月、児童文芸雑誌『赤い鳥』に発表された芥川龍之介の童話。唐代の中国を舞台に、財産を使い果たした青年・杜子春が、洛陽の西門で不思議な老人から声をかけられるところから始まる。にぎわう都の往来、夕日に照らされた衣服や馬具、霞の中の細い月など、冒頭から色彩豊かな情景が広がる。平易な言葉と会話を用い、富や人付き合い、生き方をめぐる問いを、幻想的な出来事の中に織り込んでいる。典拠は中国の伝奇『杜子春伝』だが、芥川は後年の書簡で、主人公を借りながら物語の大部分は自分の創作であると説明した。古い物語に、子供にも読める文章と独自の構成を与えた点に特色がある。『蜘蛛の糸』などに続く『赤い鳥』への寄稿作で、翌1921年には作品集『夜来の花』に収録された。
あらすじ
洛陽の都で財産を使い果たし、途方に暮れていた青年・杜子春は、片目の老人・鉄冠子に二度にわたって莫大な黄金を授かり大金持ちになるが、そのたびに財産を使い果たすと友人たちに見捨てられ、人間の薄情さに愛想を尽かす。三度目、杜子春はもう金はいらないと告げ、鉄冠子の弟子となって仙術の修行をしたいと願い出る。鉄冠子は峨眉山の岩の上に杜子春を一人残し、天上に行っている間、何が起きても決して声を出すなと戒める。杜子春は猛獣や雷、恐ろしい神将に襲われても口を利かず、ついには神将に殺されてしまう。しかし魂は地獄へ落ち、閻魔大王の前に引き据えられても黙秘を貫く。業を煮やした閻魔大王は、畜生道に落ちた杜子春の父母を痩せ馬の姿で引き出させ、鬼どもに鞭打たせて白状を迫る。それでも耐え続ける杜子春だったが、鞭打たれながらも息子を気遣う母の優しい声を聞き、鉄冠子の戒めを忘れて思わず「お母さん」と叫んでしまう。気がつくと杜子春はもとの洛陽の門の下に立っていた。仙人にはなれなかったが、地獄で親を見捨てられなかったことをむしろ嬉しく思うと語る杜子春は、今後どう暮らすかを問われ、人間らしく正直に暮らすと答える。鉄冠子はその言葉を忘れないよう告げ、泰山のふもとの家と畑を与える。
登場人物
- 杜子春 洛陽の落ちぶれた青年。仙人を志すが、地獄で親の情愛に耐えきれず声を上げてしまう本作の主人公
- 鉄冠子(てっかんし) 峨眉山に棲む仙人。片目眇の老人の姿で杜子春の前に現れ、その人間性を試す
冒頭部(原文より)
或春の日暮です。唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。
「杜子春」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前には遇わないから」鉄冠子はこう言う内に、もう歩き出していましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、「おお、幸、今思い出したが、おれは泰山の南の麓に一軒の家を持っている。その家を畑ごとお前にやるから、早速行って住まうが好い。今頃は丁度家のまわりに、桃の花が一面に咲いているだろう」と、さも愉快そうにつけ加えました。
「杜子春」芥川龍之介(青空文庫)
名文
或春の日暮です。 唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。
昔話の語り口で始まる童話の書き出し。仙人の術で栄華も地獄も見た杜子春が、最後に何を選び取るのかへ静かに向かっていく。
杜子春は老人の戒めも忘れて、転ぶようにその側へ走りよると、両手に半死の馬の頸を抱いて、はらはらと涙を落しながら、「お母さん」と一声を叫びました。
地獄で畜生に落とされた母を目にし、ついに沈黙の誓いを破る場面。仙人になる望みと引き換えに人の情を選ぶ、物語の核心。
「何になっても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです」
仙人になる望みを捨てた杜子春が、鉄冠子に語る結末近くの言葉。富も仙術も通り過ぎた末に選んだ、人としての素朴な生き方が示される。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。