時事新報とは

分類
結社・団体
読み
じじしんぽう

明治15年(1882年)3月、福沢諭吉が東京で創刊した日刊新聞。当時の大新聞の多くが政党の系列に属していたなかで「不偏不党」「独立不羈」を掲げ、慶應義塾の出身者が記者・経営陣として紙面を支えた。経済記事の充実でも知られる。福沢はこの新聞を論説の舞台とし、創刊直後の『帝室論』(明治15年)や『学問の独立』(明治16年)から、晩年の『女大学評論』『新女大学』(明治32年)まで、多くの論説を紙上に連載したのち単行本にまとめた。口述による自伝『福翁自伝』も明治31年(1898年)から連載され、勝海舟と榎本武揚を批判した『瘠我慢の説』は、執筆から10年近くを経た明治34年(1901年)元日の紙面に発表されている。福沢の没後は門下の石河幹明らが論説を受け継いだ。大正・昭和期にも文芸作品が載り、泉鏡花が師・尾崎紅葉のもとでの書生時代を回想した随筆『麻を刈る』(大正15年)や、江戸川乱歩の本格探偵小説『何者』(昭和4年)がこの紙面に連載された。関東大震災で社屋を失ってから経営が傾き、昭和11年(1936年)に東京日日新聞へ吸収されて廃刊となった。戦後に一時復刊したが、昭和30年(1955年)に産業経済新聞に合併された。

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