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女大学評論(福沢諭吉)のあらすじ・登場人物

女大学を一条ずつ斬る

  • 社会

福沢諭吉 1899年(明治32年) 「時事新報」

文字数
29,403字
読了目安
約59分
表記
新字新仮名

この作品について

1899年(明治32年)、福沢諭吉が「時事新報」に連載した評論。江戸時代に広く読まれた女子の教訓書『女大学』を一条ずつ引き、男女に不公平な教えを批判していく。同じ年の『新女大学』と対になる。

あらすじ

『女大学』の各条を原文のまま掲げ、そのあとに福沢が評を付ける形で進む。冒頭では、女子だけを厳しくしつけよという教えに対し、他家へ行くのは養子に出る男子も同じだと指摘する。婚姻に父母の同意を求める条は、民法の規定を引いて妥当な部分を認める。一方、七去(舅姑に従わない、子がない、嫉妬、多言などの離縁の理由)は、婦人の権利を縛り、男が随意に妻を去るための方便だと退け、民法が離婚を認める十の場合と比べて古さを示す。夫を主君とせよ、嫉妬を戒めよ、舅姑を実の親以上に敬えといった条についても、男女双方に求めるべき点はあるとしながら、女だけに課す片落ちを批判する。末尾の、女は五つの病があって男に及ばないという条や、陰陽説による説明は空論として退け、これらの教えを男尊女卑の習慣の産物として論じ終える。

冒頭部(原文より)

一 夫女子は成長して他人の家へ行き舅姑に仕ふるものなれば、男子よりも親の教緩にすべからず。父母寵愛して恣に育ぬれば、夫の家に行て心ず気随にて夫に疏れ、又は舅の誨へ正ければ堪がたく思ひ舅を恨誹り、中悪敷成て終には追出され恥をさらす。女子の父母、我訓なきことを謂ずして舅夫の悪きことのみ思ふは誤なり。是皆女子の親の教なきゆゑなり。  成長して他人の家へ行くものは必ずしも女子に限らず、男子も女子と同様、総領以下の次三男は養子として他家に行くの例なり。人間世界に男女同数とあれば、其成長して他人の家に行く者の数も正しく同数と見て可なり。或は男子は分家して一戸の主人となることあるゆえ女子に異なりと言わんかなれども、女子ばかり多く生れたる家にては、其内の一人を家に置き之に壻養子して本家を相続せしめ、其外の姉妹にも同様壻養子して家を分つこと世間に其例甚だ多し。

「女大学評論」福沢諭吉(青空文庫)

末尾部(原文より)

弓矢鎗剣、今の軍器としては無用の長物、唯一種の玩具なれども、昔年は一本の鎗を以て三軍の成敗を決したることあり。昔は利器たり、今は玩具たり。今昔の相違これを名けて人智の進歩時勢の変遷と言う。学者の注意す可き所のものなり。左れば我輩は女大学を見て女子教訓の弓矢鎗剣論と認め、今日に於て毫も重きを置かずと雖も、論旨の是非は擱き、記者が女子を教うるの必要を説く其熱心に至りては唯感服の外なし。依て今我輩の腹案女子教育説の大意を左に記し、之を新女大学と題して地下に記者に質さんとす。記者先生に於ても二百年来の変遷を見て或は首肯せらるゝことある可し。

「女大学評論」福沢諭吉(青空文庫)

名文

女子の身に恥ず可きことは男子に於ても亦恥ず可き所のものなり。

福沢諭吉が『女大学』の第一条に反論した一文。女子だけを厳しく戒める教えを退け、男女に同じ基準を求める本書の立場を示す。

男女、性を異にするも其間に高低尊卑の差なし。

「男は天、女は地」とする古い教えを空論と退けた一文。根拠のない尊卑の区別を正面から否定する、福沢の論調がよく分かる。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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