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酒中日記(国木田独歩)のあらすじ・登場人物

酔わねば書けぬ身の上

  • 心理
  • 社会

国木田独歩 1902年(明治35年)11月 「文芸界」

文字数
25,821字
読了目安
約52分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

瀬戸内の小島で私塾を開く大河今蔵が、酒を飲みながら書きつづった日記という体裁をとる中篇。五年前、小学校長として妻子と穏やかに暮らしていた彼は、母と妹の堕落と金の無心に苦しみ、ついには寄付金百円を母に盗まれる。気の弱い善人が追いつめられていく過程を、酔いの混じった一人称でたどった、独歩の短篇のなかでも暗い迫力をもつ作品。

あらすじ

瀬戸内の馬島で私塾を開く大河今蔵は、酒を飲みながら五年前のことを書き始める。小学校長として信望を集め、升屋の老人の世話で妻のお政を迎え、子も生まれて平穏に暮らしていた。ところが日清戦争のころ、赤坂で素人下宿を始めた母と妹が軍人を相手に堕落し、たびたび金を無心してくるようになる。ある日曜、五円の無心を断りきれず、妻が帯を質に入れて三円を工面するが、母は足りないと怒り、親子の縁を切ると言い放って帰った。その後、机の引出しに入れておいた学校改築の寄付金百円が消えている。母が持ち去ったと悟った今蔵は新町へ談判に行くが、逆にすごまれて一言も言えずに帰るほかなかった。思案に暮れた帰り道、青山の原で三百円入りの手提革包を拾い、「一先拝借」と自分に言い訳して百円を抜き、帳簿の穴を埋めてしまう。良心の呵責に苛まれる日々が続いたある夜、革包を見つけた妻が、子を背負ったまま井戸に身を投げた。今蔵は辞表を出し、慰労金で葬儀を営み、残りを旅費に東京を去る。西へ西へと流れて島に漂着した彼は、娘のお露に慕われ、酒の力で過去を追い払いながら日記を書いているのだった。記者の後記によれば、日記の翌日、今蔵は舟から落ちて水死し、お露は四月後にその子を産んだという。

登場人物

冒頭部(原文より)

五月三日(明治三十〇年) 「あの男はどうなったかしら」との噂、よく有ることで、四五人集って以前の話が出ると、消えて去くなった者の身の上に、ツイ話が移るものである。  この大河今蔵、恐らく今時分やはり同じように噂せられているかも知れない。「時に大河はどうしたろう」升屋の老人口をきる。 「最早死んだかも知れない」と誰かが気の無い返事を為る。「全くあの男ほど気の毒な人はないよ」と老人は例の哀れっぽい声。  気の毒がって下さる段は難有い。然し幸か不幸か、大河という男今以て生ている、しかも頗る達者、この先何十年この世に呼吸の音を続けますことやら。憚りながら未だ三十二で御座る。

「酒中日記」国木田独歩(青空文庫)

末尾部(原文より)

お露は児のために生き、児は島人の何人にも抱かれ、大河はその望むところを達して島の奥、森蔭暗き墓場に眠るを得たり。  記者思うに不幸なる大河の日記に依りて大河の総を知ること能わず、何となれば日記は則ち大河自身が書き、しかしてその日記には彼が馬島に於ける生活を多く誌さざればなり。故に余輩は彼を知るに於て、彼の日記を通して彼の過去を知るは勿論、馬島に於ける彼が日常をも推測せざる可らず。  記者は彼を指して不幸なる男よというのみ、その他を言うに忍びず、彼もまた自己を憐れみて、ややもすれば曰く、ああ不幸なる男よと。  酒中日記とは大河自から題したるなり。題して酒中日記という既に悲惨なり、況んや実際彼の筆を採る必ず酔後に於てせるをや。この日記を読むに当て特に記憶すべきは実に又この事実なり。  お政は児を負うて彼に先ち、お露は彼に残されて児を負う。何れか不幸、何か悲惨。

「酒中日記」国木田独歩(青空文庫)

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