大正デモクラシーとは

分類
時代区分
読み
たいしょうでもくらしー

日露戦争後から大正末にかけて、政治・社会・文化の各方面に広がった、民主主義的・自由主義的な思潮と運動の総称。名称は後年の歴史家によるもので、期間のとらえ方には諸説がある。明治38年(1905年)の日比谷焼打ち事件、大正元年(1912年)から翌年の第一次護憲運動に始まり、大正7年(1918年)の米騒動を経て本格的な政党内閣である原敬内閣が成立、大正14年(1925年)には普通選挙法が成立した(同じ年に治安維持法も制定されている)。理論面を代表したのが政治学者の吉野作造で、「中央公論」大正5年(1916年)1月号の論文『憲政の本義を説いてその有終の美を済すの途を論ず』で、主権の所在を問わず、民衆の利福と意向を政治の目的と拠りどころに置く「民本主義」を説き、大きな反響を呼んだ。「中央公論」「改造」などの総合雑誌が論壇の舞台となり、婦人解放を掲げた「青鞜」、河上肇の『貧乏物語』、大杉栄らの無政府主義も同じ時代の空気のなかにある。文学では、個性と人類愛を掲げた白樺派の人道主義、民衆の生活を平易な言葉でうたった民衆詩派、労働者の立場に立つ労働文学が現れ、大正10年(1921年)の「種蒔く人」創刊を経てプロレタリア文学へとつながった。新聞・雑誌の発達と読者層の広がりは、大衆文学や童話運動の土壌ともなった。

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