顎十郎捕物帳 野伏大名(久生十蘭)のあらすじ・登場人物
乞食の子か若殿か、消えた世継ぎ
- ミステリ
- 歴史
- 文字数
- 15,032字
- 読了目安
- 約30分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
久生十蘭が1939年(昭和14年)から雑誌『奇譚』に六戸部力の名義で連載した「顎十郎捕物帳」の一編。長い顎から「顎十郎」と呼ばれる北町奉行所の仙波阿古十郎のもとへ、身分を隠した大藩の家老がひそかに訪ねてくる。顎十郎は名札の紙や羽織の皺から、相手の素性と道筋を次々に言い当ててみせる。家老の頼みは、替え玉ではないかと噂される幼い若殿と、その守り役の行方を捜してほしいというもの。南町の藤波友衛も敵方に頼まれて捜索に乗り出し、お家騒動をめぐる二人の競り合いが始まる。
あらすじ
顎十郎の長屋を訪れた岩田平兵衛と名乗る武士を、顎十郎は名札の紙や言葉の訛り、羽織に残った町駕籠の竹の跡、襟の楊枝から、下総古河藩の国家老・石口十兵衛だと見抜く。十兵衛の話では、幼くして家督を継いだ若殿・源次郎は、実は産土参りの帰りに急死しており、先の家老らが通りがかりの野伏乞食の子を買い取って替え玉に仕立てたという噂が立った。家督を狙う外戚の北条数馬は人相見に「乞食の相」と言わせて詰め寄り、守り役の桑原萩之進は若殿を連れて出奔した。残された書き置きは「すさきの浜」の五文字。藤波友衛も数馬方に頼まれ、非人の子を集めて首実検を続けていた。顎十郎は江戸の洲崎を「浜」とは呼ばないことに気づき、藤波に手を引けと忠告するが、藤波は聞き入れない。やがて顎十郎は千住大橋の袂で、乞食の親子に化けた萩之進と源次郎を見つける。もらった銭をそっと草むらへ捨てる子の姿に、「すさきの浜」とは身分ある人が乞食をして悪い相を祓ったという『貞丈雑記』の故事で、二人は千人から施しを受ける願掛けをしていたのだと悟る。だが近づこうとすると、凄まじい居合の剣気と飛んできた小柄に阻まれ、顎十郎は逃げ出す。陰で二人を守っていたのは、死んだと思われていた越前大野の廃嫡の嫡子・土井鉄之助で、彼こそが乞食に身を落とし、わが子を差し出した実の父だった。同じ土井一門の血を引く鉄之助が後ろ盾となり、騒動は収まる見込みとなる。
登場人物
- 仙波阿古十郎(顎十郎) 北町奉行所の例繰方。訪ねてきた家老の素性を一目で見抜き、若殿の行方を追う
- 石口十兵衛 下総古河藩の国家老。主家の名を隠して顎十郎に助けを求める実直な老人
- 藤波友衛 南町奉行所の同心。敵方に頼まれ、非人の子を集めて首実検を続ける
- 源次郎・桑原萩之進 古河藩の幼い若殿とその守り役。噂に追われて国を出奔する
- 北条数馬 先代の外戚。家督を狙って若殿を偽者と言い立てる
冒頭部(原文より)
客の名札 勝色定紋つきの羽二重の小袖に、茶棒縞の仙台平の袴を折目高につけ、金無垢の縁頭に秋草を毛彫りした見事な脇差を手挾んでいる。どう安くふんでも、大身の家老かお側役といったところ。
「顎十郎捕物帳 野伏大名」久生十蘭(青空文庫)
末尾部(原文より)
「すると、どっちみち、われわれじゃあ寄りつけなかった。あなたは途中で手をぬいたからいいようなものの、私のほうは、まるっきりの無駄骨折り、こいつあ馬鹿を見ました」 顎十郎はへへら笑って、 「ほら御覧なさい。だからたまにゃあ、ひとのいうことも聞くもんです。あなたはすこし強情だよ」
「顎十郎捕物帳 野伏大名」久生十蘭(青空文庫)
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