明治開化 安吾捕物 その三 魔教の怪(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
闇の儀式と喉笛を噛む魔獣
- ミステリ
- 歴史
- 文字数
- 22,830字
- 読了目安
- 約46分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
坂口安吾の連作探偵小説「明治開化 安吾捕物」の第三話で、1950年(昭和25年)12月の「小説新潮」に掲載された。久世山の新興宗教「天王会」、俗にいうカケコミ教の信徒が、喉笛を噛み切られ、肝を抜かれた無残な姿で次々に見つかる。美貌の教祖・別天王、洋行帰りの元知事で一番番頭の世良田摩喜太郎、婦人に魅力をふるう怪僧大野妙心――怪しげな教団の内幕を、潜入した密偵の報告から探っていく。闇の中で信徒が「狼に食われる」儀式「ヤミヨセ」の怪異が、明治の世相への諷刺を交えて描かれる。
あらすじ
久世山の天王会、俗にカケコミ教の幹部信徒、神山幸三と佐分利ヤス・マサ母子が、相次いで喉笛を噛み切られ、腹を裂かれて肝臓を奪われた姿で見つかる。警察は密偵を潜り込ませたが、最初の刑事牛沼雷象はミイラ取りがミイラになって教団の風呂焚きに成り下がった。そこへ三度目の事件が起こる。銀行頭取月田全作の妻まち子が、教会の祭日の夜、なぜか自宅の庭のあずまやで同じ姿で殺されていたのである。全作は妻の狂信と献金に手を焼き、夫婦仲は冷え切っていた。新十郎は二人目の密偵牧田から、闇の中で「隠し神」快天王の声が信徒を告発し、狼に食い殺させる儀式「ヤミヨセ」の様子を聞く。その夜、まち子も儀式で「狼に食われ」ながら、無傷で生き返っていた。儀式には教団を憎む山賀達也と、全作の妹ミヤ子がまぎれ込んでいたことも判明する。新十郎は世良田に頼み込んで、一同とともにヤミヨセを見せてもらい、雷象が闇の中で食い殺されたように悶え、生き返るさまを目にする。勝海舟は、前の二件は世良田、まち子殺しは全作かミヤ子のしわざと見立てるが、新十郎は三件とも世良田の単独犯行だと突きとめる。被害者に抵抗の跡がないのは催眠術のためで、快天王の声は世良田の腹話術であった。ヤミヨセでまち子に告げられた「赤い頭巾」の言葉が、森の小屋を思わせる殺害の場所を予言していたのである。警官隊が向かうと、世良田と別天王は自害していた。
登場人物
- 結城新十郎 洋行帰りの紳士探偵
- 泉山虎之介 剣術使い。勝海舟の知恵を借りて新十郎を出し抜こうとする
- 花廼屋因果 薩摩出の戯作者
- 勝海舟 虎之介の話を聞いて推理を語る
- 牧田 天王会に潜り込んだ書生あがりの密偵。観察が正確
- 牛沼雷象 虎之介の高弟で元刑事。密偵に入ったまま教団の風呂焚きになる
- 別天王(安田クミ) 天王会の教祖。美貌の女
- 世良田摩喜太郎 洋行帰りの元知事。天王会の一番番頭として儀式を司る
- 大野妙心 天王会の参謀格の怪僧。婦人に魅力をふるう
- 月田全作 銀行頭取。妻の狂信に手を焼いていた
- 月田まち子 全作の妻。天王会の熱心な信徒
- 月田ミヤ子 全作の妹。気性の強い娘
- 山賀達也 屋敷を天王会に寄進した山賀侯爵の弟。教団を憎む
冒頭部(原文より)
秋雨の降りしきる朝。海舟邸の奥の書斎で、主人と対坐しているのは泉山虎之介。訪客のない早朝を見すまして智恵をかりにきたのであるが、手帳をあちこちひッくりかえして、キチョウメンに書きこんだメモと首ッぴきに、入念に考えこんでは説明している。後先をとりちがえないためである。
「明治開化 安吾捕物 その三 魔教の怪」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
「そうかい。なんのことだい。第一第二の殺人に被害者が抵抗なく殺されているのはメスメリズムのせいだというのは、オレがちゃんと見ていたことだが、第三の場合に限ってそれを忘れたとは、バカなことがあるものだ。だが新十郎はチミツな頭だよ。オレがバカなのさね。つまりは、全作とミヤ子のそれらしさに眩惑されたのがバカ。つづいて無抵抗がメスメリズムのせいであるのを、この場合に忘れたに至っては大バカさ。イエさ。大そう学問になりましたよ。こんなマチガイをしでかすのは、単にその時に限ってのウカツさではすまされません。つまりこの方にいまだ至らざるところがあるからさ。これはどうも実に判然とその事実を認めないわけに、いきませんやね」
「明治開化 安吾捕物 その三 魔教の怪」坂口安吾(青空文庫)
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