愛と美について(太宰治)のあらすじ・登場人物
五人兄妹の物語の連作遊び
- 風刺
- 文字数
- 12,779字
- 読了目安
- 約26分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
太宰治が1939年(昭和14年)、単行本の表題作として書き下ろした短編。ロマンスを愛してやまない仲のよい五人兄妹が、退屈しのぎに「物語の連作」——一人が語り出した物語を順番に引き継いでいく座興——に興じるさまを描く。尊大だが涙もろい長兄、痩せて理知的な長女、美貌で皮肉屋の次男、ナルシストの次女、探偵小説好きの末弟。それぞれの性格がにじみ出る語りで、一人の老人をめぐる甘やかな物語が紡がれていく。若い兄妹たちの愛らしさと、締めくくりの軽妙なオチが楽しい、太宰の温かなユーモアにあふれた一編である。
あらすじ
ロマンスが大好きな五人兄妹がいた。尊大にかまえながら映画のお涙頂戴に真っ先に泣く長兄(二十九歳・法学士)、痩せて理知的で自作を密かに書きためる長女(二十六歳)、美貌で皮肉屋の俗物の次男(二十四歳・医学生)、鏡に見とれるナルシストの次女(二十一歳)、探偵小説好きで背伸びしたがる末弟(十八歳・一高生)。父はすでに亡いが暮らしに不安はなく、ただ皆そろって退屈しやすいのが玉に瑕だ。梅雨どきの曇った日曜、母のこしらえた林檎の果汁を飲みながら、兄妹はいつものように「物語の連作」を始める。次女の提案で主人公は一人の老人と決まり、長兄を皮切りに、それぞれの個性と嗜好をにじませながら、甘く美しい老人の物語が順ぐりに語り継がれていく。話が佳境に入ったそのとき、母がふと立って障子を開け、「家の門のところに、フロック着たへんなおじいさん立っています」と言う。兄妹五人はぎょっとして立ち上がり——母はひとり、いたずらっぽく笑い崩れるのだった。若い兄妹の愛すべき姿と語りの妙、そして軽やかな結末が心地よい、太宰の諧謔にみちた佳品である。
登場人物
- 長兄 二十九歳、法学士。尊大だが涙もろい
- 長女 二十六歳。理知的で読書家
- 次男 二十四歳、医学生。美貌の皮肉屋
- 次女 二十一歳。ナルシスト
- 末弟 十八歳、一高生。探偵小説好き
- 母 五人の子を見守る
冒頭部(原文より)
兄妹、五人あって、みんなロマンスが好きだった。長男は二十九歳。法学士である。ひとに接するとき、少し尊大ぶる悪癖があるけれども、これは彼自身の弱さを庇う鬼の面であって、まことは弱く、とても優しい。弟妹たちと映画を見にいって、これは駄作だ、愚劣だと言いながら、その映画のさむらいの義理人情にまいって、まず、まっさきに泣いてしまうのは、いつも、この長兄である。
「愛と美について」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
母は、ひとり離れて坐って、兄妹五人の、それぞれの性格のあらわれている語りかたを、始終にこにこ微笑んで、たのしみ、うっとりしていたのであるが、このとき、そっと立って障子をあけ、はっと顔色かえて、 「おや。家の門のところに、フロック着たへんなおじいさん立っています。」 兄妹五人、ぎょっとして立ち上った。 母は、ひとり笑い崩れた。
「愛と美について」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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