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勉強記(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

辞書を引く按吉の大学時代

  • 風刺
  • 青春

坂口安吾 1939年(昭和14年)5月 「文体」

文字数
17,952字
読了目安
約36分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

1939年、雑誌「文体」の五月増大号に載った、坂口安吾の短編。栗栖按吉という風変わりな青年が涅槃大学校の印度哲学科に入学し、梵語やチベット語の勉強に打ち込むが、辞書もまともに引けないまま悟りからも遠ざかってゆくまでを、とぼけたユーモアで描く。作者自身の印度哲学科時代が重ねられた半自伝的な作品で、安吾の笑いの文学の一端を示す。

あらすじ

関東大震災から三年を過ぎたころ、栗栖按吉は誰でも無試験で入れる涅槃大学校の印度哲学科へ入学した。強度の近眼鏡をかけ、考え深げな顔付きが「主義者づら」と思われ、同級生の坊主の子供たちに怖れられる。大学の授業に誰も出ない中で、按吉だけが梵語とパーリ語の講座に熱心に出席し、六十五円の英国製の梵語辞典を一日七、八時間もめくるが、目指す単語は見つからない。梵語の先生は、梵語は何年やってもうだつが上がらず、帝大でチベット語を講じる自分も辞書がろくに引けないと穏やかに言う。そのうち、ラテン大学の卒業生を名乗る語学者の鞍馬六蔵に見込まれ、チベット語を教わるが、師は伝授の途中で放屁のために何度も廊下へ出て、しかもそれが臭いので、按吉は厭世的な気分になる。ところが師が三十数年の童貞を安直な売春婦相手に失って厭世的になり、帰郷してしまったため、按吉は救われる。ほかの講座では高僧たちの肉体の温顔に、悟りの毒気のようなものを感じてなじめない。そのころ按吉には、絵描きになりたい貧乏な坊主の友人龍海ができ、龍海は巴里へ密航するため貯金の鬼になる。二人は管長候補の高僧に待合へ連れていかれるが、その厚意にも割りきれなさを覚える。ある日、按吉はトルコ語とアラビヤ語を学んでメッカへ巡礼する会員募集のビラをもらい、締切の日に丸ビルまで出かけながら、電車で見かけた美しい女学生を思い出して、これでは嘘だと引き返す。その日から彼は悟りをあきらめ、龍海は巴里密航を前に女に迷って行方不明になる。

登場人物

冒頭部(原文より)

 大震災から三年過ぎた年の話である。昨今隆盛を極めているアパートメントの走りがそろそろ現れた頃で、又青年子女が「資本論」という魔法使いの本に憑かれだした頃でもあった。生活の形式にも内容にも大きな転換期が訪れようとしていた。「近代」が、また「今日」が、始まろうとしていたのである。

「勉強記」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 締切の日、彼は思いきって、丸ビルへでかけて行った。そうして、講習会場の入口へ来て、再び決心がつきかねて、三度その前を往復した。トルコ人が、彼を見つめて、講習会場の扉をあけて、消えてしまった。  だが、彼はとうとう這入らなかった。トルコ人の姿が消えると、ふりむいて階段を降りた。その理由は――彼は丸ビルへくる電車の中で、すぐれて美しい女学生を見たのである。目のさめる美しさだった。彼の心は激しく動いた。  これでアラビヤへ行こうなどとは、大嘘だと思ったのである。そうして丸ビルの階段を降りながら、生れてはじめて本当のことをした感動で亢奮していた。これから、いつも、こうしなければならない、と自分に言いきかせながら歩いていた。  その日から、彼は悟りをあきらめてしまった。龍海さんは巴里密航の直前に、女に迷って、行方不明になってしまった。そうして、生死が、わからない。

「勉強記」坂口安吾(青空文庫)

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