デカダン抗議(太宰治)のあらすじ・登場人物
好色の理想を貫く抗議
- 青春
- 風刺
- 文字数
- 3,873字
- 読了目安
- 約8分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1939年(昭和14年)11月、雑誌「文芸世紀」に発表された掌編。自作が「デカダン小説」と呼ばれることに抗議して、自分はいつも理想小説を書いてきたと主張し、好色の理想を「ロマンチシズム」と名づける。少年期の淡い憧れと、学生になってからの滑稽な再会という、短い二つの挿話で語られる。
あらすじ
「デカダン小説」と呼ばれるのは当たらず、自分はいつも理想小説を書いてきたと「私」は言い、自分の好色の理想を「ロマンチシズム」と呼ぶ。十二歳の冬、奥州の生家の祝いに馬で呼ばれた芸者の一人、藤娘を踊る半玉を美しく思い、帳簿の名前から「浪」と決めて、大きくなったら買ってやると誓った。高等学校生になって小都会Aの割烹店を訪ね、浪を尋ねたが、旅役者にだまされて土地を去ったと聞く。三年後、東京の大学生になった帰省途中、温泉場で降りて浪を呼び、十年ぶりに再会するが、浪は太ってずんぐりしており、私の感傷にも冷淡で、泊まらずに帰る。私は、自分も汚れていると叫んだ夜の自分をいつくしみ、嘲う者は嘲えと言う。
登場人物
- 私 奥州の地主の家に生まれた学生。浪への憧れを抱き続ける
- 浪 少年の日に見た半玉。のちに温泉芸者となる
冒頭部(原文より)
一人の遊蕩の子を描写して在るゆえを以て、その小説を、デカダン小説と呼ぶのは、当るまいと思う。私は何時でも、謂わば、理想小説を書いて来たつもりなのである。 大まじめである。私は一種の理想主義者かも知れない。理想主義者は、悲しい哉、現世に於いてその言動、やや不審、滑稽の感をさえ隣人たちに与えている場合が、多いようである。
「デカダン抗議」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
いまは、すべてに思い当り、年少のその早合点が、いろいろ複雑に悲しく、けれども、私は、これを、けがらわしい思い出であるとは決して思わない。なんにも知らず、ただ一図に、僕もよごれていると、大声で叫んだその夜の私を、いつくしみたい気持さえあるのだ。私は、たしかにかの理想主義者にちがいない。嘲うことのできる者は、嘲うがよい。
「デカダン抗議」太宰治(青空文庫)
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