牛(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
牛と呼ばれた青年の受難
- 風刺
- 青春
- 文字数
- 11,971字
- 読了目安
- 約24分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1953年に『文藝春秋』に載った、坂口安吾のユーモア小説。大学の校庭を毎日走りつづける怪力の学生・光也は、頭の悪さでも評判で、学内では「牛」と呼ばれている。教官のからかいの一言をきっかけに、この無垢な青年が自意識に悩みはじめ、村の事件や神社の拝殿での籠居、一人の娘との奇妙な縁へと巻き込まれてゆく。
あらすじ
大学の校庭で毎日倒れるまで走る学生・光也は、柔道三段、八百メートルは県で二位だが、頭の悪さも指折りで、あだ名は「牛」。教官の緒方に「泥棒泣かせをやるがいい」とからかわれた光也は、思いのほか深く傷つき、緒方を思い出すたびに血の気が引くようになる。春休み、山林で若い女の悲鳴を聞いて駆けつけた光也は、逃げる学生たちの代わりに疑われ、村中の噂になってしまう。神官の家に生まれた彼は、潔白を証明するため父に命じられて神社の拝殿に閉じこもる。拝殿では握り飯が届き、ハーモニカを吹く気楽な日々だったが、ある夜、格子の外から若い女がキャラメルを差し入れにきて、冷たい指を押し当てる。真犯人が捕まって家に戻った光也は、神殿暮らしで痩せるどころか一貫目も太ったことを知って落胆する。新学期の前夜、郵便局長が訪ねてきて、拝殿で言い交した娘を嫁にくれと言い出す。娘は背が曲がり足も悪く、顔も蒼ざめた病身の女だった。翌朝、バスの停留所まで局長が娘を背負って現れ、娘は黙ってキャラメルの大箱を差し出す。蓋には「あなたのお帰りの日まで生きられないでしょう」と書かれていた。光也はバスの中でそのキャラメルを食べ尽くし、また校門をくぐる。
登場人物
- 光也 農学部の学生。通称「牛」。柔道三段の陸上選手で、頭は鈍い
- 緒方 光也の学校の教官
- 光也の父 神社の神官で農家。息子に拝殿籠りを命じる
- 芳子 郵便局に勤める病身の娘。キャラメルを差し入れる
- 郵便局長 芳子の父
冒頭部(原文より)
ふと校庭を眺めると、例の学生がまた走っていた。 「あのバカはつい今しがたぶッ倒れたのを見たはずだが……」 思わずカタズをのんで眺めたと云っては大ゲサかも知れないが、幻を見たかと思ったのである。 つい今しがた――それはたぶん十分もたたないような気がするが、その学生はラストスパートをかけて百五十メートルぐらい全身の力をふりしぼって走った。そのあげくゴールの地点を一足こしたとたんにフラつきだして、地の中へ頭からめりこむように猛烈な勢でぶッ倒れたはずなのである。まさに力つきはてて一滴の余すものなしという感であった。
「牛」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
バスの中で、もらったキャラメルのフタをあけようとすると、字が書いてあった。 「あなたのお帰りの日まで生きられないでしょう。芳子」 見覚えのある字であった。 「フーン。そうか」 光也は改めて考えた。 早くそれを云ってくれれば、こんなに苦労はしなかったなと彼は思った。彼は一年間考えて、それから返事をするつもりだった。しかし、だいたいに於て結婚を拒否する意向に定まっていたが、そのために、あの拝殿で胸にだきしめていた希望が、それでみんなメチャメチャになることを考えると、いきなり拒否する勇気がわき起らなくなるのであった。 「これでよかった」 と彼は思った。娘が死んだら、いっぺんくらい墓参に行ってみてもいいなあと考えた。 「このキャラメルを食うと、今度こそアイツを抜くことができるかも知れないな」 競技会の前日までしまっておこうかと考えたが、バスが終点までつかないうちに、みんな平らげてしまっていた。 こうして彼はまた校門をくぐったのである。
「牛」坂口安吾(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。