おしゃれ童子(太宰治)のあらすじ・登場人物
お洒落に命をかけた少年
- 青春
- 風刺
- 文字数
- 5,978字
- 読了目安
- 約12分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 青森県
この作品について
太宰治が1939(昭和14)年11月に『婦人画報』に発表した短編。自分を思わせる「少年」の服装へのこだわりを、小学校の修業式から中学、高等学校、大学、そして作家になった現在まで、「ご紹介します」という調子で振り返る。三人称で自分を突き放して笑いながら、少年の美学と見栄、その裏の孤独への自嘲がにじむ。
あらすじ
語り手は、少年が子供のころからお洒落だったと紹介する。小学校の修業式では、賞品を受け取る両腕の袖口から純白のフランネルのシャツがのぞくよう、前の晩から支度し、ボタンまで増やして縫わせる。中学の入学試験には、襟を着物の外へ出した珍妙な身なりで出かけ、少年雑誌で覚えた東京弁を使うが、宿の女中が津軽弁なので拍子抜けする。校規の厳しい中学ではやけくそになって猫背が癖になり、高等学校では引きずるほど長い吊鐘マントや、英国海軍将校を手本にした外套、コバルト色の外套をつくって友人に笑われ、孤独で泣きべそをかく。割烹店に通うようになると、芝居の鳶の者を気取って紺の腹掛に唐桟、角帯をそろえるが、紺の股引が手に入らず、白線の制帽に軍手という収拾のつかない姿になる。やがて左翼思想の時代が来て少年は上京し、お洒落の暗黒時代、心の暗黒時代が続く。大人になった彼は小説を書いて細々と暮らし、昨年できた貧しい恋人に会うため、着物も帯も下駄も借りて出かけた。その自嘲の川柳を二三挙げて、お洒落童子の紹介を結ぶ。
冒頭部(原文より)
子供のころから、お洒落のようでありました。小学校、毎年三月の修業式のときには必ず右総代として校長から賞品をいただくのであるが、その賞品を壇上の校長から手渡してもらおうと、壇の下から両手を差し出す。厳粛な瞬間である。その際、この子は何よりも、自分の差し出す両腕の恰好に、おのれの注意力の全部を集めているのです。絣の着物の下に純白のフランネルのシャツを着ているのですが、そのシャツが着物の袖口から、一寸ばかり覗き出て、シャツの白さが眼にしみて、いかにも自身が天使のように純潔に思われ、ひとり、うっとり心酔してしまうのでした。修業式のまえの晩、袴と晴着と、それから仕立おろしの白いフランネルのシャツとを、枕もとに並べて置いて寝て、なかなか眠れず、二度も三度も枕からそっと頭をもたげては、枕もとの品品を見ました。
「おしゃれ童子」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
どんなに落ちぶれても、ロマンスの世界にはいると、彼のお洒落の本能が、むっくり頭を持ち上げて、彼の痩せひからびた胸をワクワクさせる様であります。彼のような男は、七十歳になっても、八十歳になっても、やはり派手な格子縞のハンチングなど、かぶりたがるのではないでしょうか。外面の瀟洒と典雅だけを現世の唯一の「いのち」として、ひそかに信仰しつづけるのではないでしょうか。昨年、彼が借衣までして恋人に逢いに行ったという、そのときの彼の自嘲の川柳を二つ三つ左記して、この恐るべきお洒落童子の、ほんのあらましの短い紹介文を結ぶことに致しましょう。落人の借衣すずしく似合いけり。この柄は、このごろ流行と借衣言い。その袖を放せと借衣あわてけり。借衣すれば、人みな借衣に見ゆる哉。味わうと、あわれな狂句です。
「おしゃれ童子」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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