眉山(太宰治)のあらすじ・登場人物
眉山と呼ばれた女中
- 心理
- 文字数
- 7,141字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
新宿の飲み屋で、無智で図々しいと客たちに疎まれていた女中「眉山」をめぐる短篇。太宰の死の年、1948年(昭和23年)三月の「小説新潮」に発表された。作家の名も知らずに話に割りこみ、騒がしくつきまとう娘を、僕たちは陰で眉山と呼んで笑いものにしていた。他人の善意を見誤ることへの痛切な後悔が、短い紙数のうちに畳みかけられる一篇である。
あらすじ
飲食店閉鎖の命令がまだ出ていないころの話である。新宿の裏通りにある若松屋という二階建ての店には、僕たち飲み仲間が三日に一度は入りびたっていた。そこに、トシちゃんという二十歳前後の女中がいる。背が低く色が黒く、顔は平たいが眉だけが三ヶ月型に美しい。ピアニストの川上六郎を「川上眉山」と早合点したことから、僕たちは陰で彼女を眉山と呼び、店を眉山軒などと呼ぶようになった。下に客がいても二階に上がってきて、何も知らないまま自信たっぷりに話へ割りこみ、基本的人権を人絹と取りちがえる。僕の名が載っている文芸雑誌をわざわざ買ってきて見せられたときには、こらえ切れず怒鳴りつけた。ところが酒の飲みすぎで十日ほど寝込み、ふたたび新宿へ出かけた日のこと、行きあった橋田氏から告げられる。眉山はもう店にいない、あれは死にますよ、と。腎臓結核で、両方の腎臓が侵され、手術も間に合わない。おかみは何も知らせず、静岡の父のもとへ帰したのだという。「いい子でしたがね」と口にしてしまった自分に狼狽する僕に、橋田氏は落ち着いて、あの子は病気の身体で我慢して私たちに尽くしてくれたのだと語る。
登場人物
- 僕 若松屋に入りびたる作家
- トシちゃん(眉山) 若松屋の女中。無智で騒がしいと疎まれる
- 橋田新一郎 二科の洋画家。店では「林先生」と呼ばれている
- 若松屋のおかみ トシちゃんの病を知り、静岡の父のもとへ帰す
冒頭部(原文より)
これは、れいの飲食店閉鎖の命令が、未だ発せられない前のお話である。 新宿辺も、こんどの戦火で、ずいぶん焼けたけれども、それこそ、ごたぶんにもれず最も早く復興したのは、飲み食いをする家であった。帝都座の裏の若松屋という、バラックではないが急ごしらえの二階建の家も、その一つであった。 「若松屋も、眉山がいなけりゃいいんだけど。」 「イグザクトリイ。あいつは、うるさい。フウルというものだ。」 そう言いながらも僕たちは、三日に一度はその若松屋に行き、そこの二階の六畳で、ぶっ倒れるまで飲み、そうして遂に雑魚寝という事になる。僕たちはその家では、特別にわがままが利いた。何もお金を持たずに行って、後払いという自由も出来た。
「眉山」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
」 「眉山の大海も?」 「きまっていますよ、」 と橋田氏は、僕の茶化すような質問に立腹したような口調で、 「貴族の立小便なんかじゃありませんよ。少しでも、ほんのちょっとでも永く、私たちの傍にいたくて、我慢に我慢をしていたせいですよ。階段をのぼる時の、ドスンドスンも、病気でからだが大儀で、それでも、無理して、私たちにつとめてくれていたんです。私たちみんな、ずいぶん世話を焼かせましたからね。」 僕は立ちどまり、地団駄踏みたい思いで、 「ほかへ行きましょう。あそこでは、飲めない。」 「同感です。」 僕たちは、その日から、ふっと河岸をかえた。
「眉山」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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