文章(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
代作の弔辞が人を泣かせた
- 風刺
- 心理
- 文字数
- 6,766字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
芥川龍之介の短編。海軍の学校で英語を教えながら小説を書いている教官・堀川保吉を主人公とする、いわゆる「保吉もの」の一編である。同僚の死に際して頼まれた弔辞を、気の進まないまま三十分で書き上げた保吉が、葬式の席でその「名文」が思わぬ反応を呼ぶのを目にする。本業の小説は酷評され、代作の弔辞は感動を与えるという皮肉を、軽妙な語り口で描く。「女性」1924(大正13)年4月号に発表。
あらすじ
英語教官の堀川保吉は、副校長格の藤田大佐から、急死した本多少佐の葬式で校長が読む弔辞を作るよう頼まれる。保吉は少佐の顔くらいしか知らず、これまで書いた二つの弔辞とも違って何の感興もない。自分を「精神生活上の葬儀社」のようだと思いながら、来月号に載せる小説の締切りも気にかかる。田中中尉が持ち込んだ「マゾヒズム」という言葉の質問をやり過ごしたあと、授業が始まるまでの三十分で、保吉は「資性穎悟にして兄弟に友なる」少佐を悼む弔辞を一気に書き上げる。葬式の日、校長の読む弔辞の途中で、親族席から笑い声のようなものが漏れる。それは遺族の泣き声だった。保吉は、書いた文章で人を泣かせた満足よりも、人の心の奥へ泥足で踏み入ったような気の毒さに襲われる。帰り道、藤田大佐は弔辞の出来をほめ、田中中尉は、保吉の小説を酷評した新聞の月評を見せる。弔辞には成功し、小説には失敗した自分の位置を思いながら、日の暮れた路地で用を足していた保吉は、木戸から出てきた男に「困りますなあ」と声をかけられる。
冒頭部(原文より)
「堀川さん。弔辞を一つ作ってくれませんか? 土曜日に本多少佐の葬式がある、――その時に校長の読まれるのですが、……」 藤田大佐は食堂を出しなにこう保吉へ話しかけた。堀川保吉はこの学校の生徒に英吉利語の訳読を教えている。が、授業の合い間には弔辞を作ったり、教科書を編んだり、御前講演の添削をしたり、外国の新聞記事を翻訳したり、――そう云うことも時々はやらなければならぬ。そう云うことをまた云いつけるのはいつもこの藤田大佐である。大佐はやっと四十くらいであろう。色の浅黒い、肉の落ちた、神経質らしい顔をしている。保吉は大佐よりも一足あとに薄暗い廊下を歩みながら、思わず「おや」と云う声を出した。
「文章」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
するとまだ小便をしているうちに、保吉の目の前の篠垣はぎいと後ろへ引きあげられた。垣だとばかり思っていたものは垣のように出来た木戸だったのであろう。そのまた木戸から出て来たのを見れば、口髭を蓄えた男である。保吉は途方に暮れたから、小便だけはしつづけたまま、出来るだけゆっくり横向きになった。 「困りますなあ。」 男はぼんやりこう云った。何だか当惑そのものの人間になったような声をしている。保吉はこの声を耳にした時、急に小便も見えないほど日の暮れているのを発見した。
「文章」芥川龍之介(青空文庫)
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