続蘿洞先生(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
奇人学者と鼻ふがの美女
- 心理
- 風刺
- 文字数
- 8,520字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
谷崎潤一郎が1928年(昭和3年)5月、雑誌「新潮」に発表した短編。1925年の「蘿洞先生」の続編で、かつて先生を訪ねたA雑誌の記者が、のちにB新聞の演芸記者となり、浅草の奇術一座の客席で偶然先生と再会する。先生の関心は、一座の美しい女優にあるらしい。奇人の学者と記者のやりとりを、軽妙な筆で描く。前作を知らなくても読める。
あらすじ
蘿洞先生が最近若い妻を貰ったという噂は、あの時のA雑誌記者、いまはB新聞の演芸記者になった男から出たものだった。去年三月の晩、記者は浅草の昭和劇場で夢遊斎一座の奇術を見に行き、客席の最前列に蘿洞先生が一人でいるのに気づく。声をかけると、先生は例のとおり「う、………」と曖昧に答えるが、帰り道で、舞台に出ていた女優の生野真弓について調べてほしいと頼む。真弓は美貌なのに舞台で一言もせりふを言わず、決して素足を見せない。先生は、鼻に病があるのではないか、足の趾が欠けているのではないかと疑っていた。記者が楽屋で聞いてみると、鼻声なのは事実で、足については天刑病ではないかという噂まであった。先生は真弓の洟をかんだハンケチを五十円で買いたいと言い、記者は某俳優の助けを借りてそれを盗み出して、五十円を山分けにする。やがて一座は旅先で解散して真弓の行方は知れなくなり、先生の家を訪ねても玄関払いを食うようになる。記者が先生の家の元の女中を買収して聞くと、先生は二十も年の違う綺麗な奥様を貰い、奥様は女中の前でも先生に頤で指図しているという。腹を立てた記者が裏庭の垣を越えて窓から覗くと、パジャマ姿の真弓夫人が机に腰かけ、先生がその足もとに跪いて、蝋細工のような足の趾を取り付けているところだった。記者は、そのとき初めて夫人の声を聞く。
登場人物
- 蘿洞先生 郊外の旧宅に住む学者。人嫌いで、「う、………」と曖昧な返事しかしない奇人
- B新聞の記者 もとA雑誌の記者で、いまは演芸欄の担当。好奇心から先生の頼みごとを引き受ける
- 生野真弓 夢遊斎一座の美しい女優。舞台で一言もせりふを言わず、素足を見せない
冒頭部(原文より)
例の蘿洞先生が近頃奥さんを貰ったと云う噂がある。真偽は保證の限りでないが、しかし先生のことであるから、こっそり世間に知らせずに結婚し、何喰わぬ顔で澄ましていると云うようなこともないではなかろう。兎に角誰もほんとうの消息を知っている者はないのだが、今回も亦妙な因縁で、あの時のA雑誌記者がそれに関係しているのだと云う話。そして噂も右の記者から出たのである。 A雑誌記者は、いつぞや先生と蒟蒻問答をして以来スッカリ恐れ入ってしまい、あれきり訪ねたことはなかった。たゞ先生があれから間もなく大学の教授を罷めたのを新聞紙上で知ったゞけだった。はゝあ、教授を罷めて著述の方をやりたいと云っていたから、いよ/\引退したんだなと、記者はその時そう思ったけれども、その後どんな著述をしたか、何を研究しつゝあるか、多分専門の学術雑誌にでも発表されているのだろうぐらいに考えて、あまり問題にもしなかった。
「続蘿洞先生」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
―――記者は癪に触ったので、又裏口の扇骨木垣を乗り越えて、北向きの窓の下に忍び寄った。夏のことなので植え込みの葉が繁っているし、硝子障子とカーテンが半分ばかり開いていて、隙見をするには都合がよく、中の様子がほゞ窺われる。此の前小女が腰かけていた俎板のようなデスクの上に今度はパジャマを着た真弓夫人が腰をかけ、脚をぶらん/\させている。先生は例の郵便局員の如き上っ張りを纒って、夫人の下に跪いて、両手で彼女の左の素足をいじくりながら、何かしている。よく見ると先生の手の中には、蝋細工だか護謨細工だかの、殆ど実物に紛うばかりの足の趾がある。 「ね、これならお前のほんとうの趾も同じことだよ。どう? うまく篏った? 痛いかね?」 それを夫人の足に取り附けながら、とても甘ったるい調子でそう云っているのは先生である。 「ひゝえ、ひっともひとうはなひわ。」 と、記者は始めて夫人の彫刻的な唇から洩れる声を聞いた。
「続蘿洞先生」谷崎潤一郎(青空文庫)
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