白金之絵図(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
老狂言師が礼を言いに来た日
- 心理
- 風刺
- 文字数
- 23,357字
- 読了目安
- 約47分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
末尾に1916年(大正5年)1月と記された中編。白金の火薬庫の裏手にある閑静な屋敷町を、老いた狂言師・与五郎が礼を言うために訪ね歩く。道を教えてくれた令嬢に礼を言いたい一心の老人と、それを怪しむ家主との掛け合いが、前半の笑いの中心。後半では、狂言の舞台の苦心、汽車で出会った和尚の怪異、亡き妻への思いが語られ、笑いと哀感がしだいに重なる。芸に生きる老人の純粋さと、芸道ものの趣が味わえる一編である。
あらすじ
秋の白金の屋敷町。狂言師の老人・与五郎は、夏に道に迷った自分を、令嬢のお町が机の中の絵図を示して救ってくれた礼を言いに、家主の屋敷の前に立つ。家主は老人を怪しんで追い返そうとするが、与五郎は令嬢に深く感謝し、九月の上野の舞台で「釣狐」を演じたこと、その稽古の最中に汽車で白蔵主に似た和尚に出会い、橋の上で和尚が狐の所作のように振る舞うのを見て芸の悟りを得たことを語る。舞台そのものは不本意な結果に終わり、老人は亡き妻と師匠の追善を思って落ち込んでいた。夜更け、お町は母が病床で食べる新蕎麦の蕎麦かきと懐炉を持って、老人を慰めに来る。与五郎は、師匠の娘が昔こっそり蕎麦かきを運んでくれた思い出と、一昨年亡くなった妻のことを語り、涙を流す。お町は母の言いつけで、稲荷への願掛けの印となる絵図を老人に渡す。与五郎が絵図に向かって狐の鳴き声を響かせると、能楽の若い弟子たちと大沼が現れて老人の苦心に見倣おうと駆けつけ、物語は結ばれる。
登場人物
- 与五郎(野雪) 老いた狂言師。釣狐を演じて苦心する
- お町 白金の家主の娘。道を教えたことで老人に慕われる
- 家主(小室) お町の父。与五郎を怪しんで追い返そうとする
- 大沼善八 与五郎を気づかう仲間。河豚鍋が好き
冒頭部(原文より)
片側は空も曇って、今にも一村雨来そうに見える、日中も薄暗い森続きに、畝り畝り遥々と黒い柵を繞らした火薬庫の裏通、寂しい処をとぼとぼと一人通る。 「はあ、これなればこそ可けれ、聞くも可恐しげな煙硝庫が、カラカラとして燥いで、日が当っては大事じゃ。」 と世に疎そうな独言。 大分日焼けのした顔色で、帽子を被らず、手拭を畳んで頭に載せ、半開きの白扇を額に翳した……一方雑樹交りに干潟のような広々とした畑がある。瓜は作らぬが近まわりに番小屋も見えず、稲が無ければ山田守る僧都もおわさぬ。
「白金之絵図」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
「対手が、あの意気込じゃあ、安閑としていられません。寒い!(がたがたと震えて、)いつでもお爺さんに河豚鍋のおつきあいで嘲笑われる腹癒せに、内証で、……おお、寒! ちびちびと敵を取ろうと思ったが、恐入って飲めんのでした。――お嬢さん、貴女は、氏神でおいでなさる。」
「白金之絵図」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。