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ひょっとこ(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物

酔えば別人になる男

  • 心理
  • 風刺

芥川龍之介 1915年(大正4年)4月 「帝国文学」

文字数
5,839字
読了目安
約12分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

芥川龍之介の初期の短編。隅田川の花見の船の上で、ひょっとこの面をつけて馬鹿踊りを踊っていた酔客が、船の中へ転げ落ちて急死する。冒頭で吾妻橋の見物人の目から事故を見せたあと、急死した男の素性と日ごろの癖を語り、酔ったときの自分としらふの自分のどちらが本当なのかという問いへ進む。「帝国文学」1915(大正4)年4月号に発表。

あらすじ

吾妻橋の欄干に大勢の見物人が集まり、橋の下を通る花見の船を眺めている。ある船の上では、ひょっとこの面をかぶった背の低い男が、酔ったでたらめな馬鹿踊りを踊っている。その男は、川蒸気の波にあおられて船の中へ転げ落ち、そのまま動かなくなった。男は日本橋の絵具屋、山村平吉で、脳溢血で急死したと翌日の新聞は伝える。平吉は、酔うと必ず馬鹿踊りを踊るのが癖で、酒で倒れたことも二度あった。しらふのときの平吉は、ほとんど意識せずに嘘をつく男で、酔ったときの自分としらふの自分のどちらが本当の平吉なのか、自分でも分からない。最期、船の中の一同が抱き起こすと、平吉は面を取ってくれとかすかな声で言う。面の下の顔はふだんの愛嬌のある顔ではなくなっていた。

冒頭部(原文より)

 吾妻橋の欄干によって、人が大ぜい立っている。時々巡査が来て小言を云うが、すぐまた元のように人山が出来てしまう。皆、この橋の下を通る花見の船を見に、立っているのである。  船は川下から、一二艘ずつ、引き潮の川を上って来る。大抵は伝馬に帆木綿の天井を張って、そのまわりに紅白のだんだらの幕をさげている。そして、舳には、旗を立てたり古風な幟を立てたりしている。中にいる人間は、皆酔っているらしい。幕の間から、お揃いの手拭を、吉原かぶりにしたり、米屋かぶりにしたりした人たちが「一本、二本」と拳をうっているのが見える。首をふりながら、苦しそうに何か唄っているのが見える。それが橋の上にいる人間から見ると、滑稽としか思われない。お囃子をのせたり楽隊をのせたりした船が、橋の下を通ると、橋の上では「わあっ」と云う哂い声が起る。中には「莫迦」と云う声も聞える。

「ひょっとこ」芥川龍之介(青空文庫)

末尾部(原文より)

 すると頭の隣にいた髪結床の親方が、さすがにおかしいと思ったか、平吉の肩へ手をかけて、「旦那、旦那…もし…旦那…旦那」と呼んで見たが、やはり何とも返事がない。手のさきを握っていると冷くなっている。親方は頭と二人で平吉を抱き起した。一同の顔は不安らしく、平吉の上にさしのべられた。「旦那……旦那……もし……旦那……旦那……」髪結床の親方の声が上ずって来た。  するとその時、呼吸とも声ともわからないほど、かすかな声が、面の下から親方の耳へ伝って来た。「面を……面をとってくれ……面を。」頭と親方とはふるえる手で、手拭と面を外した。  しかし面の下にあった平吉の顔はもう、ふだんの平吉の顔ではなくなっていた。小鼻が落ちて、唇の色が変って、白くなった額には、油汗が流れている。一眼見たのでは、誰でもこれが、あの愛嬌のある、ひょうきんな、話のうまい、平吉だと思うものはない。ただ変らないのは、つんと口をとがらしながら、とぼけた顔を胴の間の赤毛布の上に仰向けて、静に平吉の顔を見上げている、さっきのひょっとこの面ばかりである。

「ひょっとこ」芥川龍之介(青空文庫)

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