道中一枚絵 その二(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
静岡の宿で聞く貞女の話
- 心理
- 風刺
- 文字数
- 4,138字
- 読了目安
- 約8分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 静岡県
この作品について
1904年(明治37年)1月1日の「九州日日新聞」に発表された、弥次郎・喜多八ものの掌編。台詞を(弥次)(喜多)のように示す戯曲風の書き方で、静岡の宿での二人のやりとりを描く。喜多八が語る、亡き親友の未亡人の話は、前半の滑稽味とは対照的にしんみりとした読後感を残す。「その一」の続編にあたる。
あらすじ
静岡の宿に戻った喜多八は、弥次郎に、旅の楽しみにしていた人を訪ねたが留守だったと話す。その人は、早世した親友の妻である。夫の死後、再縁の勧めを断り、病身の老父を養うため、針仕事や教師をして暮らしているという。喜多八は、旅先なら訪ねやすいと思い、俥で静岡の学校を訪れ、そこで教えられた道を、お濠端から暗い田んぼ道へ進む。杉の木のある貧しい家の障子は穴だらけで、出てきた老人は、「お芳は昨日東京へ参りました」と言う。喜多八は何も言えず、そっと帰る。聞いていた弥次郎と女中は貞女の鑑だと褒めそやす。翌朝、二人は鷹匠町の観音堂が朝の富士の裾に見えるのを眺め、喜多八は、あの人の操を守る暮らしを仏の慈悲に感謝する。
登場人物
- 弥次郎(彌次) 相変わらず調子のよい連れ。ここでは聞き役
- 喜多八 亡き親友の妻を訪ねて静岡の町を俥で行く若者
- 女中 二人の宿の女中
- お芳(芳子) 夫の死後も舅の世話を続ける貞淑な未亡人
冒頭部(原文より)
(彌次郎兵衞)や歸つて來た、べらぼうに疾いな、何うした。(喜多八)えゝ、車で行つて來たものですから。(彌次)其にしても馬鹿に疾いわ、汝が出掛けてから、見ねえ、未だ銚子が三本とは倒れねえ。第一、此姉さんを口説いて、其返事をきかねえ内だぜ。(女中)存じませんよ。(彌次)や、返事は其か、と額を撫でて、こりや鬱がせる、大に鬱ぐね、己も鬱ぐが喜多八、汝も恐しく鬱ぐぢやないか、何か、又内證でころが喰ひたさに、金子でも借に行つたのぢやないか、さもしい料簡は止せ、京都三條通一寸上る邊栗屋與太九郎以來道中で驕らせようとすると飛んだ目に逢ふ。
「道中一枚絵 その二」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
聞いて居たものは二人とも默つて、歎息をしたのである。それから天窓から若い者を罵倒しながら猪口を嘗める口を轉じて、貞女だ節婦だ、得難い、無類、などいふ、未亡人賞讚の聲を絶たずして、酒も理に落ちた。 多くは飮まなかつたから、あくる日は二人とも頭輕く、朝風に颯と俥を二臺、停車場を左へ切れた久能へ行く街道で、府中通の栃面屋、此處の景色を見ろと、故と畷に下立つて、城あとの方を顧ると、冬田の空に富士の高峰、雪に霞を被げる姿。下にこんもりとした紫の雲の靉靆いたやうな、朝ぼらけの森の中に、高く朱塗の堂が見えた。 (喜多)彼は、(彌次)ありや昨夜お前の行つた鷹匠町の觀音堂だ。(喜多)彼處が、(彌次)彼邊の家は縁側にすわると、富士の裾へ手が屆くやうだよ。 然ればこそ、軒の富士、窓の御堂。芳子は、其ばかりでも長に操を守るであらうと、喜多八は心に佛菩薩の慈悲の廣大なることを、未亡人のために、舊友のために、又老人のために感拜したのであつた。
「道中一枚絵 その二」泉鏡花(青空文庫)
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