武州公秘話(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
名将が隠した倒錯の秘密
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 107,208字
- 読了目安
- 約3時間34分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
谷崎潤一郎が1931年(昭和6年)から探偵小説誌「新青年」に連載した伝奇的歴史小説。戦国の名将と謳われた武州公こと武蔵守輝勝の、正史に残らぬ性の秘密を、尼の手記や茶坊主の覚書といった架空の文献を考証する体裁で解き明かしていく。人質時代の少年が夜ごと目にした「首装束」の光景から芽生えた倒錯の欲望と、それが引き起こす陰謀・復讐の顛末を、講談風の語りの様式美で描く異色作。単行本には正宗白鳥の跋文が添えられた。
あらすじ
幼名を法師丸といった武州公は、人質として筑摩家の牡鹿城に育った。十二歳の秋、籠城のさなかに、夜ごと城の女たちが敵の生首を洗い清めて化粧をほどこす「首装束」の場を垣間見た少年は、女の白い手と生首、なかでも鼻のない「女首」にほほえみかける美少女の姿に、生涯を支配する妖しい陶酔を植えつけられる。その妄執のまま、法師丸は敵陣に忍び入り、眠っている敵の大将の鼻を削ぎ落とすという常軌を逸した手柄を立て、城の囲みは解ける。歳月がたち、鼻を失って死んだ大将の娘・桔梗の方は、城主筑摩則重の正室となっていた。父の無念を夫の一族に報いようとする彼女の暗い企みと、あの光景をふたたび見たいという武州公の欲望が絡み合い、則重は唇を裂かれ、ついには鼻を失った無残な姿となって、牡鹿城は滅びる。落城とともに桔梗の方の心は本然の女らしさに立ち返り、公との道ならぬ関係も絶えて、作者は公の名誉のためこれ以上の暴露は控えようと筆を擱くのである。
登場人物
- 武州公(法師丸・河内介輝勝) 戦国の名将。少年の日に見た「首装束」の光景に生涯囚われる
- 桔梗の方 筑摩則重の正室。鼻を失って死んだ父の無念を夫の一族に報いようと企てる
- 筑摩則重 牡鹿城の城主。陰謀により唇を裂かれ、鼻を失う
- 道阿弥 武州公に仕える茶坊主。秘話の証人として覚書を残す
- 妙覚尼 武州公の奥向きに仕えた侍女。手記「見し夜の夢」の作者
冒頭部(原文より)
「見し夜の夢」の作者である妙覚尼と云う尼がどう云う素性の人間で、どう云う時に斯くの如きものを書いたのか委しいことは知るよしもないが、前後の文意から察すると、此の婦人は武州公の奥向きに勤めていた侍女であったことは明かである。そして武州家滅亡のゝちに剃髪して尼となり、何処かの「片山里に草の庵を結んで、あさゆう念佛を申すよりほかのいとなみもなかった」と、自ら記している。つまり此の手記は、老後のつれ/″\に在りし世の事どもをおもい出だして書き綴ったと云う風に見えるが、しかし「念佛を申すよりほかのいとなみもない」尼の身が、なんの目的でこれを書く気になったのだろう。
「武州公秘話」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
斯くて武州公と桔梗の方との不義の関係は、三の谷殿へ移ってからは全く絶えてしまったのである。そうしてその後、公が四十三年の生涯を終えるまで、次々に新しい異性を求めては奇異な刺戟と醜悪な悪戯とを貪って行った物語は、餘り長くなるばかりでなく、公の名誉と遺徳とを傷けることが大であるから、先ず此の程度の暴露を以て筆を擱く方が賢明であろう。唯しかしながら、公の性生活の一面に斯くの如き秘密があったことを念頭に入れて、然る後に「筑摩軍記」その他の正史を繙かれたら、必ずや意外な発見をされる点が多いであろう。此の書を著した作者の微意は、実に其処に存するのである。
「武州公秘話」谷崎潤一郎(青空文庫)
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