智恵子の半生(高村光太郎)のあらすじ・登場人物
智恵子は東京に空が無いといふ
- 恋愛
- 家族
- 文字数
- 12,697字
- 読了目安
- 約25分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 東京都
- 福島県
この作品について
詩集「智恵子抄」の背景をなす、高村光太郎自身による妻の追想記。出会いから、油絵への苦闘、生家の没落、精神の病、そして最期の切紙絵まで——「智恵子は東京に空が無いといふ」の一節が生まれた事情も、ここに記されている。詩に結晶する前の事実が、静かな筆致で語られる。
あらすじ
妻・智恵子が南品川ゼームス坂病院で精神分裂症患者として粟粒性肺結核で死んでから、まもなく満二年になる——そう書き出される。光太郎は、智恵子にめぐりあったことでその純愛によって清浄にされ、以前の頽廃生活から救い出された経歴を持つ。自分の精神はひとえに彼女の存在の上にあったので、その死の打撃は烈しく、一時は自己の芸術的製作さえ目標を失ったような空虚感にとりつかれた、と。以下、智恵子の半生がたどられる。福島二本松の造り酒屋の長女として生まれ、日本女子大学校に学び、卒業後は油絵を志して上京したこと。光太郎との出会いと、周囲の反対を押し切っての結婚。貧しくも澄んだ二人だけの生活。だが智恵子の絵は思うように進まず、彼女は自分の才能への疑いに苦しみつづけた。やがて生家が破産して一家離散し、その衝撃が引き金となって精神を病んでゆく。「智恵子は東京に空が無いといふ、/ほんとの空が見たいといふ」——「あどけない話」の詩が引かれ、東京の空気が彼女には常に無味乾燥だったこと、田舎の空気を吸わなければ身体が保たなかったことが語られる。自殺未遂を経て病院へ入り、そこで智恵子は突然、紙を切りはじめた。精神は分裂しながらも、手は油絵具で成し遂げ得なかったものを切紙によって成就した——百を数える切紙絵は、彼女のゆたかな詩であり、生活記録であり、たのしい造型であった。最後の日、それを一まとめに整理して光太郎に渡し、レモンの香りで洗われた智恵子は、数時間のうちに極めて静かにこの世を去った。
登場人物
- 智恵子 高村光太郎の妻。画家を志し、のちに精神を病む
- 私(高村光太郎) 彫刻家・詩人
冒頭部(原文より)
妻智恵子が南品川ゼームス坂病院の十五号室で精神分裂症患者として粟粒性肺結核で死んでから旬日で満二年になる。私はこの世で智恵子にめぐりあったため、彼女の純愛によって清浄にされ、以前の廃頽生活から救い出される事が出来た経歴を持って居り、私の精神は一にかかって彼女の存在そのものの上にあったので、智恵子の死による精神的打撃は実に烈しく、一時は自己の芸術的製作さえ其の目標を失ったような空虚感にとりつかれた幾箇月かを過した。
「智恵子の半生」高村光太郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
最後の日其を一まとめに自分で整理して置いたものを私に渡して、荒い呼吸の中でかすかに笑う表情をした。すっかり安心した顔であった。私の持参したレモンの香りで洗われた彼女はそれから数時間のうちに極めて静かに此の世を去った。昭和十三年十月五日の夜であった。
「智恵子の半生」高村光太郎(青空文庫)
原文を読む
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