契りきぬ(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
あれがあなたのお父さまよ
- 恋愛
- 家族
- 文字数
- 32,767字
- 読了目安
- 約1時間6分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
身を売られた先から逃げ出した娘・おなつが、素性を偽って生き延びてゆく物語。雨の音が繰り返し流れるなかで、彼女は嘘と事実をとりまぜて自らの来歴を語り、やがて一人の男と出会う。鮮やかな結びを持つ一篇。
あらすじ
「また酔っちまったのかい、しようのないこだねえ」——遊里の一室でかわされる女将と朋輩のやりとりから物語は始まる。稼ぐことは稼ぐが客という客を振ってしまう娘に、女将は苛立ちを隠さない。その娘こそ、素性を隠して身を置いているおなつであった。……ある雨の夜、おなつは自らの来歴を語る。家はごく軽い侍で、家族は父母と兄と自分の四人。洪水で父と兄を一度に失い、母は重病になってその療治のために金を借り、母が亡くなったあとは借りた金に縛られてこの土地へ連れて来られた。素性のいかがわしい男と結婚させられると知り、いっそ死ぬつもりで飛び出した——嘘と事実をとりまぜたその話を、外の静かな雨の音が包んでいる。やがて彼女は精之助という男と縁を持つ。しかし二人が添い遂げる道は開けなかった。「よく降る、――しずかな雨だ、……これですっかり秋らしくなるだろう」という言葉を最後に、別れの時が来る。歳月が流れ、雪の日。おなつは子の鷹二郎を抱きあげ、雪のなかを大股に、もう振り返らずに去ってゆく逞しい肩の後ろ姿を指さして言う。「よく見ておくのよ、鷹ちゃん、あれがあなたのお父さまよ……」。あふれる涙をそのままに、彼女はけんめいに微笑して、なお高く子供を抱きあげるのだった。
登場人物
- おなつ 素性を偽って生きる侍の娘
- 精之助 おなつと縁を結ぶ男
- 鷹二郎 おなつの子
冒頭部(原文より)
一の一 「また酔っちまったのかい、しようのないこだねえ、お客さんはどうしたの」 「いま菊ちゃんが出てるわ、こうなっちゃだめよかあさん、このひとにはお侍はいけないって、あたしそ云ってあるじゃないの」
「契りきぬ」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
彼は雪のなかを大股に去っていった。もう振返らなかった。逞しい肩をみせ、しっかりとした、大きな歩調でずんずん去ってゆく。おなつは鷹二郎を抱きあげ、そのうしろ姿を指さしながら云った。 「よく見ておくのよ、鷹ちゃん、あれがあなたのお父さまよ……あなたもいまにお父さまのような、立派なひとになるのね」
「契りきぬ」山本周五郎(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。