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小さき影(有島武郎)のあらすじ・登場人物

母のない子を残して発つ夜

  • 家族

有島武郎 1919年(大正8年)1月 「大阪毎日新聞」

文字数
8,833字
読了目安
約18分
表記
旧字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 長野県
  • 東京都

この作品について

1919年(大正8年)1月、『大阪毎日新聞』と『東京日日新聞』に分けて掲載された有島武郎の作品。有島は1916年に妻安子を亡くし、三人の幼い息子を育てていた。妻の三周忌を迎えた夏、「私」は三人の子と信州の高原のK駅で過ごしているが、仕事の進まない焦りから、夜中の汽車でひとり東京へ帰ることを決める。誰にあてるともなく書き連ねる私信の形で、出発の夜の子どもたちの寝姿や、妻の遺稿を読み返す孤独な時間がつづられる。前年の『小さき者へ』と同じく、母を失った子らを見守る父の思いを主題とした作品。

あらすじ

信州の山の上のK駅に避暑に来て二十日余り、「私」は母のない三人の子、行夫、敏夫、登三と暮らし、妻の三周忌もそこで迎えた。仕事が手につかない焦りから、私は東京の母に入れ替わりを頼み、母が来られる八月十三日を待たずに、その前夜の夜中一時七分の汽車で帰ると決める。出発の日、子どもたちはいつものように遊びに出かけたが、夕方になると八歳の行夫は不安そうに私を問い詰め、四人で湯に入っても妙にはずまない。寝室で騒ぐ三人の間に私は横になり、一人ずつ寝入るのを見届ける。階下で汽車を待つあいだ、荷物の中から妻の遺稿「松虫」が出てきて、六歳ごろの妻の写真に、私は生と死の意味を思い、ぞっとするほどの恐ろしさと寂しさを覚える。ベランダを歩きまわり、子どもの脱ぎ散らした靴をそろえるうち、行夫が呼ぶ声がし、寝相の悪い登三を寝床へ戻してやる。夜半、義弟が頼んでくれた自動車の音を聞きながら、私は子どもたちを起こさぬよう家を出る。混み合った夜汽車で眠れぬまま朝の上野に着いた私は、目を覚ました行夫が自分を呼び、女中に突き放される様を思い描いて悔やむ。帰りの自動車が往来で止まったとき、私は人だかりの顔が木偶のように見え、人は本当は誰でも孤独なのだと感じる。家に帰ると母はすぐにK駅へ発ち、私は安心して原稿に向かうが、寝不足と暑さに負けて仮寝をしてしまい、自分に呆れ果てて苦しい涙を流す。そして私は、この私信を子どもたちの母である「お前」にあてようと思う。

登場人物

冒頭部(原文より)

 誰にあてるともなくこの私信を書き連らねて見る。  信州の山の上にあるK驛に暑さを避けに來てゐる人は澤山あつた。彼等は思ひ/\に豐な生活の餘裕を樂んでゐるやうに見えた。さはやかな北海道の夏を思はせるやうなそこの高原は、實際都會の苦熱に倦み疲れた人々を甦らせる力を十分に持つてゐた。私の三人の子供達――行夫、敏夫、登三――も生れ代つたやうな活溌な血色のいゝ子達になつてゐた。彼等は起きぬけに冷水浴をすまして朝飯を食ふと、三人顏を寄せて事々しく何か相談しながら家を出て行くのだ。暫らくして私がベランダの手欄から眼の下に四五町程離れて見える運動場を見下すと、そこに三人はパンの子のやうに自然の中にまぎれ込んで、何かゝにか人手も借らずに工夫した遊戲に夢中になつてゐる。

「小さき影」有島武郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

 私にはもう書く事がない。眼を覺ましてから私が書きつけておく事は是れだけで澤山だ。私は誰にあてるともなくこの私信を書いた。書いてしまつてから誰にあてたものかと思案して見た。  さうだ。この私信は矢張り私の子供達の母なる「お前」にあてよう。謎のやうなこんな文句を私の他に私らしく理解するのは「お前」位なものだらうから。

「小さき影」有島武郎(青空文庫)

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