男女同権(太宰治)のあらすじ・登場人物
老詩人の女難講演
- 風刺
- 社会
- 文字数
- 16,735字
- 読了目安
- 約33分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1946年(昭和21年)12月、雑誌「改造」に発表された短編。新憲法で男女同権が決まった時勢に、田舎の教育会に招かれた老詩人が、これまで女性からどれほどひどい目に遭わされてきたかを延々と語る「講演の速記録」という体裁の諷刺的ユーモア小説。敗戦後の「民主主義」ブームへの皮肉も込められ、ですます調の長口上のおかしみが持ち味。
あらすじ
十年前に東京から田舎の弟の家へ都落ちした老詩人が、有名な社会思想家の代わりに教育会の講演を頼まれ、「男女同権」を題に話し始める。自分はダメな男で、女性には幼い頃から痛めつけられてきたと言い、母が弟ばかり可愛がったこと、下女や小学校の先生の奥さんに恥をかかされたこと、印刷所の小僧時代に吉原の女に育ちを見破られたことを語る。詩の仲間に加わってからは三人の妻に逃げられ、最初の文学少女の妻には「赤蟻」と書き置かれ、二番目はミルクホールの給仕女で金に厳しく、年下の少年詩人と通じて去り、三番目の屋台の婆と娘には、夜に屋根から呼びかけて泥棒扱いされて追い出された。さらに女子大学教授の酷評を浴びて、一行も詩が書けなくなった。男女同権で言論の自由を得た今、余生は女性の暴力の摘発に捧げるつもりだと言い、講演は終わる。
登場人物
- 老詩人 十年前に東京から都落ちして、田舎の弟の家に居候している
- 母 詩人を意地悪くあしらったという生みの母
- 三人の妻 文学少女、ミルクホールの給仕女、屋台の婆の娘と、いずれも詩人を捨てた
冒頭部(原文より)
これは十年ほど前から単身都落ちして、或る片田舎に定住している老詩人が、所謂日本ルネサンスのとき到って脚光を浴び、その地方の教育会の招聘を受け、男女同権と題して試みたところの不思議な講演の速記録である。
「男女同権」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
さて、もうだいぶ暗くもなってまいりましたので、私の愚かな経験談も、そろそろ終りに致したいと存じますが、之を要しまするに、世の女性というものは学問のある無しにかかわらず、異様なおそるべき残忍性を蔵しているもののようでございまして、そのくせまた、女子は弱いと言い、之をいたわってもらいたいと言い、そうかと思うと、男は男らしくあって欲しいと言い、男らしさとはいったいどんなものだか、大いに男らしいところを発揮して女に好かれようとすると、これは乱暴でいけないと言われ、そうして深刻な手痛い復讐をされて、もうどうしたらいいのか、こちらへ単身都落ちして来ましてからも、十年間、私は当然、弟の女房や、またその女房の妹だの叔母だの、何やらかやらの女どものために、複雑奇妙の攻撃を受け、この世に女のいるあいだは、私の身の置き場がどこにも無いのではなかろうかと、ほとほと手を焼いて居りましたら、このたび民主主義の黎明が訪れてまいりまして、新憲法に依って男女同権がはっきり決定せられましたようで、まことに御同慶のいたり、もうこれからは、女子は弱いなどとは言わせません、なにせ同権なのでございますからなあ、実に愉快、なんの遠慮も無く、庇うところも無く、思うさま女性の悪口を言えるようになって、言論の自由のありがたさも、ここに於いて極点に達した観がございまして、あの婆さん教授に依って詩の舌を根こそぎむしり取られました私も、まだ女性を訴える舌だけは、この新憲法の男女同権、言論の自由に依って許されている筈でございますから、私のこれからの余生は挙げて、この女性の暴力の摘発にささげるつもりでございます。
「男女同権」太宰治(青空文庫)
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