金銭無情(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
焼け跡の飲み屋と元哲学者
- 風刺
- 社会
- 文字数
- 79,847字
- 読了目安
- 約2時間40分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
敗戦直後の焼け跡のマーケットで飲み屋「タヌキ屋」を営む元・哲学者、最上清人を主人公にした連作。1947年(昭和22年)に「金銭無情」「失恋難」「夜の王様」「王様失脚」の四編が別々の雑誌に発表され、まとめて一つの作品として収められている。心中未遂の過去を持ち、五人の妻を替えた清人と、戦後の世相に翻弄される周囲の人々を、皮肉と笑いで描く。
あらすじ
哲学者だった最上清人は、いまは焼け跡の飲み屋「タヌキ屋」の亭主に収まっている。かつて娼婦と心中をはかって自分だけが生き返り、結婚と離婚を重ねて、五人目の妻は軍需会社へ徴用で来た待合の娘・富子だった。清人は守銭奴で大酒飲みの現実家、そのくせ家計の抜け目のなさは並ではなく、息苦しさを感じた富子は、店に通う美男子の客・絹川や楽師の瀬戸に心を寄せてゆく(「金銭無情」)。清人が灰の中に隠したへそくりをめぐる争いの末、富子は金を持って家を出る。続く「失恋難」では、女に逃げられた飲み屋の主・落合天童が店を立て直そうと奔走する横で、清人はお衣ちゃんという娘に夢中になり、誰の目にもふれさせたくないと思いつめる。「夜の王様」「王様失脚」では、清人は戦後の夜の街で「夜の王様」になる構想をふくらませるが、詐欺師にだまされて有り金を巻きあげられてしまう。荒れた気持ちのまま祈祷師の養神様を訪ね、苛立ちのあまりタバコの火を養神様の手に押しつけるが、歯を食いしばって耐える姿に、人間はヤミ屋の詐欺のからくりよりも複雑で偉大なのかもしれないと感じる。昔の冷静で皮肉な調子を取り戻した清人は、にぎやかな「タヌキ屋」の前を通りすぎ、独りマーケットへ戻ってゆく。
登場人物
- 最上清人 元・哲学者の飲み屋「タヌキ屋」の亭主。守銭奴で現実家
- 富子 清人の五人目の妻。待合の娘
- 落合天童 女に逃げられた飲み屋の主
- 養神様 祈祷師。清人がやり場のない怒りをぶつける相手
冒頭部(原文より)
最上清人は哲学者だ。十年ほど前、エピキュロスに於ける何とかといふ論文と、プラトンの何とかといふ論文を私も雑誌に見かけたことがあるが、その後は著作はやらなくなり、講壇に立つたことは一度もないので、哲学専門の学生でも彼の名は知らない。 先日私のもとに訪れてきた雑誌記者の話によれば、彼の恩師のDD氏は、哲学界の新人は? といふ記者の問に答へて、さて、新人かどうか、彼はすでに旧人だが、と、最上清人の名をあげて、彼の思想はギリシャにもローマにも近代にも似てゐない、たゞ人間に似てゐる。
「金銭無情」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
ねぐらへ戻つて飲み直して、今夜は熟睡してやらう、連日睡眠が足りないから、養神様のお手並で今夜は熟睡できるなら、これも御奇特な次第さ、と、わがタヌキ屋の店先へくると、中の賑やかなこと。 パンパン、アンチャン、入りみだれて、大陽気、ダンスホールと変じ、倉田博文の浪花節によつてタンゴを踊つてゐる。 最上清人は眉をしかめたが、すぐ、ふりむいた。 腹を立てるハリアヒもないやうな気持であつた。よそで一人で飲み直さう、彼はブラブラ、マーケットの方へ戻りはじめた。たしかに、いくらか心が澄んでゐるのが分つた。
「金銭無情」坂口安吾(青空文庫)
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