誰(太宰治)のあらすじ・登場人物
サタンと呼ばれた作家
- 心理
- 風刺
- 文字数
- 8,545字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1941年(昭和16年)12月、雑誌「知性」に発表された短編。冒頭に新約聖書マルコ伝の「人々は我を誰と言ふか」を掲げ、学生から「サタン」と呼ばれた作家が、その言葉を気にして悪魔や悪鬼について調べ、先輩や女性読者との出来事を通じて、自分とは何者かと問う。聖書の引用と軽妙な自虐が重なり合う、題の「誰」に答えの出ない小品。
あらすじ
秋の夜、作家の「私」は学生たちに「人々は我を誰と言うか」と問い、落第生の伊村君から「なんじはサタン、悪の子なり」と言われる。気になって悪魔の語源や新約聖書での姿を調べ、自分はサタンほど偉くはないと安堵したが、悪鬼の手下ではないかと不安になる。先輩が保管していた昔の借金の手紙を読み返すと、朱筆で嘘を見破られており、先輩に「君も馬鹿だねえ」と笑われて、馬鹿なのだと思って救われる。さらに先輩から、郵便ポストに火を入れて喜ぶ本物の悪人の話を聞き、自分はやはり悪魔ではなく馬鹿だと思い直す。ところが、病院に入院している女性読者から毎日手紙が来て、私は思い切って見舞いに行き、一声かけてすぐに帰る。翌日届いた手紙には、「あなたは、悪魔です」と書かれていた。
登場人物
- 私 三鷹に住む作家。学生にサタンと呼ばれて気に病む
- 伊村君 二年続けて落第している学生。私をサタンと呼ぶ
- 先輩 私の古い借金の手紙を保管していた先輩の文学者
- 女性読者 病院から毎日手紙を寄こす、二十三歳の入院患者
冒頭部(原文より)
イエス其の弟子たちとピリポ・カイザリヤの村々に出でゆき、途にて弟子たちに問ひて言ひたまふ「人々は我を誰と言ふか」答へて言ふ「バプテスマのヨハネ、或人はエリヤ、或人は預言者の一人」また問ひ給ふ「なんぢらは我を誰と言ふか」ペテロ答へて言ふ「なんぢはキリスト、神の子なり」(マルコ八章二七) たいへん危いところである。イエスは其の苦悩の果に、自己を見失い、不安のあまり無智文盲の弟子たちに向い「私は誰です」という異状な質問を発しているのである。無智文盲の弟子たちの答一つに頼ろうとしているのである。けれども、ペテロは信じていた。愚直に信じていた。イエスが神の子である事を信じていた。だから平気で答えた。イエスは、弟子に教えられ、いよいよ深く御自身の宿命を知った。
「誰」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
あくる日、手紙が来たのである。 「生れて、二十三年になりますけれども、今日ほどの恥辱を受けた事はございません。私がどんな思いであなたをお待ちしていたか、ご存じでしょうか。あなたは私の顔を見るなり、くるりと背を向けてお帰りになりました。私のまずしい病室と、よごれて醜い病人の姿に幻滅して、閉口してお帰りになりました。あなたは私を雑巾みたいに軽蔑なさった。(中略)あなたは、悪魔です。」 後日談は無い。
「誰」太宰治(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。