日月様(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
麻薬の差入れと奇妙な再会
- 心理
- 風刺
- 文字数
- 11,162字
- 読了目安
- 約22分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1949年(昭和24年)7月、「オール読物」に発表された坂口安吾の短篇。作中の「私」は催眠薬の中毒で精神病院に入院していたが、麻薬中毒というデマが立ち、退院間際に思いがけない見舞客を迎える。ヤミ屋の王子君五郎との奇妙な再会を軸に、「男が太陽、女が月」という「日月」の観念に取りつかれた人々を描く。語り口は軽快だが、狂気と常識の境目をめぐる不穏さが残る。
あらすじ
私が精神病院に入院していると、麻薬中毒だという噂が立った。退院の一週間前、戦時中の碁会所で知り合ったヤミ屋の王子君五郎が見舞いに来て、麻薬を差し入れようとする。私は誤解を説いて帰した。退院後、君五郎を酒に誘おうと訪ねたカフェーに現れたのは、女装した君五郎だった。私が戸惑うと、彼は「世を渡る手」だと笑い、別の晩に私を旅館に案内して、背の高い女給のヨシ子を紹介する。君五郎は、ヨシ子は絵の勉強中に自分で刺青を彫り、気に入らず肉をえぐった芸術家肌の女だと語り、私に文学の指導を頼んで、二人は「日月」だと言い残して去った。ヨシ子は寝床で、モモに傷などなく、みんな君五郎の妄想だと笑い出す。翌日、旅館の主婦は、君五郎が毎晩のようにどの客にも同じ話で女を紹介することや、「日月様」が彼の思いこんだ宗教であることを打ち明け、モモの肉をえぐったのは君五郎自身だという噂もあると語る。三日後の新聞に、麻薬密売の一味として王子君五郎の名が出ていた。
登場人物
- 私 催眠薬中毒で精神病院に入院していた作家
- 王子君五郎 ヤミ屋。女装して「君ちゃん」と呼ばれる
- ヨシ子 君五郎が紹介する背の高い女給
- 旅館の主婦 君五郎の話の真相を知っている
冒頭部(原文より)
私が精神病院へ入院しているとき、妙な噂が立った。私が麻薬中毒だというのである。警視庁から麻薬係というのが三人きて、私の担当の千谷先生や、係の看護婦がひどい目にあったらしい。二時間にわたってチンプンカンプンの応接に苦しんだということをきいた。さすがに東大病院は、患者に会わせるようなことはしない。会えば誤解は一度に氷解するが、麻薬中毒とは別の意味で患者が怒りだし、それによって、せっかくの治療がオジャンになる怖れがあるからであろう。 科長の内村先生(大投手)担当の千谷先生(大捕手)のお許しで後楽園へ見物を許された。後楽園のない日、千駄木町の豊島与志雄先生を訪ねた。豊島さん曰く、
「日月様」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
私は二の句のつげない状態だった。私自身が精神病院をでゝ、まだ一週間ほどにしかならない日の話なのである。 私は真偽をたしかめたい気持にもならなかった。まるで、すべてが私の悪夢にすぎないような気持であった。私には、すべてが割りきれなかったが、割りきってみたいとも思わなかった。 そして茫然と自分の家へ戻ったが、それから三日目の新聞に、麻薬密売者の一味があげられたという記事があり、その一人に、王子君五郎という名があがっていた。私は今もなお、妙に溜息がとまらぬような思いである。
「日月様」坂口安吾(青空文庫)
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