二十一(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
坊主志望の神経衰弱記
- 心理
- 風刺
- 文字数
- 10,799字
- 読了目安
- 約22分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1943年(昭和18年)8月、「現代文学」に発表された坂口安吾の自伝的な回想。二十一歳の自分を描く。坊主になるつもりで一日四時間しか眠らず、神経衰弱になり、友人を精神病院に見舞い、系図屋の男に頼まれて春本を書き、ついには外国語の勉強で病気を治す。後年の「二十七歳」に、戦争中に書いたのは「二十一」だけだったとあり、安吾が年代記的に書こうとした回想の一篇にあたる。深刻な話を軽く笑いにまぎらす語り口が特徴。
あらすじ
二十一歳の僕は坊主になるつもりで、睡眠を四時間と決めて水をかぶり、パーリ語の三帰文を唱えた。ボートとラグビーの選手の兄と、板橋の中丸の寺の隣に住むが、一年半で神経衰弱になる。夏休みに帰郷した故郷では、大工の棟梁の娘の小間使いに惹かれ、バケツを手渡すときの娘の眼を見て男女の世界を知る。結婚を考えて煩悶し、病状は悪化して東京へ逃げ帰る。電車の乗り間違い、市村座で靴のまま上がろうとして殴られるなど、奇妙な衰弱が続く。孤独が妄念の温床だと悟り、友人の修三の家の老婆や、精神病院にいる辰夫のもとへ毎日通う。辰夫の母に退院の頼みを伝える使いもして、気違いと間違われる。友人たちとの関係が壊れたころ、おでん屋で知り合った系図屋に誘われ、小遣い稼ぎに春本を書いた。最後は目的をきめて辞書をひき、梵語、パーリ語、チベット語、フランス語、ラテン語を一緒に習うことで神経衰弱を退治した。
冒頭部(原文より)
そのころ二十一であった。僕は坊主になるつもりで、睡眠は一日に四時間ときめ、十時にねて、午前二時には必ず起きて、ねむたい時は井戸端で水をかぶった。冬でもかぶり、忽ち発熱三十九度、馬鹿らしい話だが、大マジメで、ネジ鉢巻甲斐々々しく、熱にうなり、パーリ語の三帰文というものを唱え、読書に先立って先ず精神統一をはかるという次第である。之は今でも覚えているが、ナモータツサバガバトオ、アリハトオ、サムマーサーブツダサア云々に始まる祈祷文だ。一緒に住んでいた兄貴はボートとラグビーとバスケットボールの選手で鱶の如くに睡る健康児童であったが、之には流石に目を覚して、とうとう祈祷文を半分ぐらい否応なく覚えこむ始末であったが、僕はそういうことを気にかけなかった。
「二十一」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
結局、最後に、外国語を勉強することによって神経衰弱を退治した。目的をきめ目的のために寧日なくかかりきり、意識の分裂、妄想を最小限に封じることが第一、ねむくなるまででも辞書をオモチャに戦争継続、十時間辞書をひいても健康人の一時間ぐらいしか能率はあがらぬけれども、二六時中、目の覚めている限り徹頭徹尾辞書をひくに限る。梵語、パーリ語、チベット語、フランス語、ラテン語、之だけ一緒に習った。おかげで病気は退治したが、習った言葉はみんな忘れた。 どうやら病気の治りかけた一日、千葉の方へ辰夫を訪ねた。辰夫は出張で不在だったが、あの母がヒステリイの翳みじんもなく現れて、神への如き感謝の言葉をのべるのをきき、僕はもう少しで病気をブリ返すところであった。母親というものはまことに魔物であり曲者だ。人相別人の如く変り、武士の母の如くであった。母親だけはとにかく信ずるに価する、とそのとき悟ったが、然し之にすら、例外はある筈で、必ずしも辰夫に叫んだ僕の言葉が違ってはいない、と、之は今でも思っている。
「二十一」坂口安吾(青空文庫)
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