アプリで読む

無料・登録不要

道化の華(太宰治)のあらすじ・登場人物

生き残った青年と道化の自意識

  • 心理

太宰治 1935年(昭和10年)5月 「日本浪曼派」

文字数
35,354字
読了目安
約1時間11分
表記
旧字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 神奈川県

この作品について

太宰治が1935年(昭和10年)5月、『日本浪曼派』に発表した初期の代表作。鎌倉の海で心中を図り、ひとり生き残った青年・大庭葉蔵の療養の日々を描くかたわら、作中の「僕」が小説の書き方そのものにたびたび口を挟む、実験的な構成をとる。主人公の名は後の『人間失格』と同じで、太宰自身の心中未遂の体験が重ねられている。道化を演じる青年の自意識と、書くことへの懐疑が、一つの作品のなかで交錯する。

あらすじ

鎌倉の海で女と投身心中をはかった大庭葉藏は、女ひとりを死なせ、自分だけが助かって海辺の病院に横たわっている。見舞いに訪れる画家志望の飛騨や若い小菅、彼を看護する女性たちとの、軽口と虚無の入りまじった会話のなかで、葉藏は死んだ女への思いと、生き残った自分の道化じみたふるまいのあいだを揺れ動く。物語は葉藏の療養の情景を静かに追うが、その合間に作者「僕」がしばしば割り込み、この小説がどう書かれつつあるか、自分の筆はどこがまずいのかを赤裸々に語り出す。作中人物の物語と、それを書く作者の独白とが交錯するなか、葉藏は断崖から海を見おろす。救いも解決も示さぬまま、物語は「そして、否、それだけのことである」と閉じられる。

登場人物

冒頭部(原文より)

「ここを過ぎて悲しみの市。」友はみな、僕からはなれ、かなしき眼もて僕を眺める。友よ、僕と語れ、僕を笑へ。ああ、友はむなしく顏をそむける。大庭葉藏はベツドのうへに坐つて、沖を見てゐた。沖は雨でけむつてゐた。

「道化の華」太宰治(青空文庫)

末尾部(原文より)

葉藏は、はるかに海を見おろした。すぐ足もとから三十丈もの斷崖になつてゐて、江の島が眞下に小さく見えた。ふかい朝霧の奧底に、海水がゆらゆらうごいてゐた。そして、否、それだけのことである。

「道化の華」太宰治(青空文庫)

名文

「ここを過ぎて悲しみの市。」

作品の書き出し。ダンテ『神曲』の地獄の門の銘を踏まえた一句で、心中に失敗して生き残った青年の物語へ、読者を悲しみの市の門からいざなう。

ああ、なぜ僕はすべてに斷定をいそぐのだ。すべての思念にまとまりをつけなければ生きて行けない、そんなけちな根性をいつたい誰から教はつた?

物語の途中に作者自身が顔を出して語る一節。すべてに結論を急ぐ自分を問い詰める声が小説の枠を破って読者に届く、初期太宰の実験的な手法を示す。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品