富嶽百景(太宰治)のあらすじ・登場人物
「富士には、月見草がよく似合ふ」
- 心理
- 文字数
- 15,031字
- 読了目安
- 約30分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 山梨県
この作品について
1939年(昭和14年)2、3月の『文体』に発表された太宰治の小説。前年の秋、井伏鱒二が滞在する御坂峠の天下茶屋に身を寄せた時期を描く。冒頭は、広重や文晁らの絵にある富士の頂角と、実測図の数字との比較である。名山なら必ず美しいはずだという見方に、語り手の「私」は早くも疑いを差し挟む。気持ちを新たにしようと訪れた峠でも、目の前の富士を風呂屋の絵や芝居の書割にたとえ、素直に感心できない。こうした照れや反発を含む語りが、井伏とのやり取りや、茶屋で出会う人々の姿と重なっていく。東京の窓から見る小さな山、峠の正面にある山、写真に写された山は、同じ富士でも異なる意味を持つ。風景を眺めることが、他者の言葉や自分の暮らしを受け止めることと結びつく点に特色がある。名所の案内にとどまらず、見る人の事情が景色に入り込むさまを、ユーモアのある一人称で描いた作品。
あらすじ
東京での生活に疲れ果てた「私」は、思いをあらたにする覚悟で、井伏鱒二氏が仕事をしている御坂峠の天下茶屋に滞在する。峠から見る富士は風呂屋のペンキ画のようで、あまりに注文通りの景色に私はかえって狼狽する。井伏氏の紹介で私は甲府の娘さんと見合いをし、結婚の決意を固める。峠の茶屋で過ごす日々、私はさまざまな富士のかたちと人の姿を見る。バスの中で乗客たちが一斉に富士を眺めるとき、ひとり富士に背を向けて断崖を見つめる老婆。月夜の富士に手を合わせる遊女たち。私を敬い、富士を自慢に思う健気な茶屋の娘さん。「富士には、月見草がよく似合ふ」——金剛力草のようにけなげにすっくと立つ月見草に、私は自分の再起の姿を重ねる。やがて峠の寒さが増すころ、写真を頼んだ若い娘たちのカメラに富士山だけを写してやった翌日、私は山を下り、甲府の安宿の欄干から、山々のうしろに三分の一ほど顔を出した酸漿に似た富士を見るのだった。
登場人物
- 私 再起を期して御坂峠に滞在する作家。本作の語り手
- 井伏鱒二 私の師。天下茶屋で仕事をしており、見合いの労をとる
- 娘さん 天下茶屋で働く茶屋の娘。私を敬い、富士を自慢に思っている
冒頭部(原文より)
富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晁の富士も八十四度くらゐ、けれども、陸軍の実測図によつて東西及南北に断面図を作つてみると、東西縦断は頂角、百二十四度となり、南北は百十七度である。広重、文晁に限らず、たいていの絵の富士は、鋭角である。いただきが、細く、高く、華奢である。
「富嶽百景」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
その翌る日に、山を下りた。まづ、甲府の安宿に一泊して、そのあくる朝、安宿の廊下の汚い欄干によりかかり、富士を見ると、甲府の富士は、山々のうしろから、三分の一ほど顔を出してゐる。酸漿に似てゐた。
「富嶽百景」太宰治(青空文庫)
名文
富士には、月見草がよく似合ふ。
御坂峠へ向かうバスで見た一輪を思い返しての一句。巨大な富士に小さな月見草を対峙させ、けなげな生の側に立ってみせた太宰随一の名文。
富士は、やつぱり偉い、と思つた。よくやつてる、と思つた。
月見草の場面と並んで知られる一節。宿の窓から黙って立つ富士を眺めた「私」が、揺れ動く自分の愛憎を恥じ、富士の偉さを素直に認める。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。