最後の胡弓弾き(新美南吉)のあらすじ・登場人物
聴き手をなくした胡弓の音
- 心理
- 文字数
- 15,783字
- 読了目安
- 約32分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
新美南吉の短編小説で、1939年(昭和14)5月17日から27日まで「哈爾賓日日新聞」に連載された。旧正月になると、竹藪の多い小さな村の百姓たちが鼓打ちと胡弓弾きの二人で組になり、町へ門付けに出ていく。十二歳の木之助は胡弓が好きで、ようやく父の許しを得て従兄の松次郎と初めて町へ出かけ、大きな味噌屋の主人に気に入られる。物語はそこから木之助が少年から老人になるまでの年月を追い、毎年の正月の門付けを通して、廃れていく芸と、それを守ろうとする人の姿を描く。
あらすじ
旧正月、十二歳の木之助は初めて従兄の松次郎と組んで、胡弓を持って三里先の町へ門付けに出る。大きな味噌屋では、犬に怯え、意地の悪い女中に悪口を言われながらも、優しい主人にご馳走になり、胡弓をほめられて十銭玉をもらう。それから木之助は毎年正月に味噌屋を訪れ、胡弓の腕を磨き続けた。年月が流れ、門付けは流行らなくなり、松次郎もやめて、木之助は一人で町へ出るようになる。父の死や自分の病気で二年行けなかった後、喘息を抱えた木之助は家族に止められながらも、雪の明けた旧正月に町へ向かう。なじみの家々は次々に門付けを断り、最後に訪ねた味噌屋では、主人が昨年の夏に亡くなっていた。年老いた女中に勧められ、木之助は仏壇の前で供養の胡弓を弾く。最後の聴き手を失った木之助は、帰り道の古物屋で胡弓を三十銭で売ってしまう。後悔して引き返すと、女主人は六十銭でなければ返さないと言い、財布には十五銭しか残っていなかった。木之助は力なく店を出て、冷えてきた町を歩いていく。
登場人物
- 木之助 胡弓の好きな村の百姓。十二歳で門付けを始め、老人になるまで続ける
- 松次郎 木之助の従兄。鼓を打つ太夫として木之助と組む
- 味噌屋の主人 町の大きな味噌屋の主人。木之助の胡弓を毎年楽しみにする
- 女中 味噌屋の女中。若いころは意地が悪かった
- おツタ 木之助の娘
冒頭部(原文より)
旧の正月が近くなると、竹藪の多いこの小さな村で、毎晩鼓の音と胡弓のすすりなくような声が聞えた。百姓の中で鼓と胡弓のうまい者が稽古をするのであった。 そしていよいよ旧正月がやって来ると、その人たちは二人ずつ組になり、一人は鼓を、も一人は胡弓を持って旅に出ていった。上手な人たちは東京や大阪までいって一月も帰らなかった。また信州の寒い山国へ出かけるものもあった。あまり上手でない人や、遠くへいけない人は村からあまり遠くない町へいった。それでも三里はあった。
「最後の胡弓弾き」新美南吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
木之助の財布を持っている手が怒りのために震えた。 「そ、そげな、馬鹿なことが。あんまり人の足元を見やがるな。三十銭で取っといて、三十分とたたねえうちに倍の値で――」 「やだきゃ、やめとけよ」と女主人は遮って素気なくいった。 木之助は財布の中を見るともう十五銭しかなかった。いつもの習慣で家を出るとき金を持って出なかった。で、さっき由太のクレヨンを買うときは、味噌屋で貰ったお銭で払ったのだ。十五銭はその残りだった。 火鉢の横にならべた三十銭を一枚一枚拾って財布に入れると、木之助は黙って財布を腹の中へ入れた。そして力なく古物屋を出た。 午後の三時頃だった。また空は曇り、町は冷えて来た。足の先の凍えが急に身に沁みた。木之助は右も左もみず、深くかがみこんで歩いていった。
「最後の胡弓弾き」新美南吉(青空文庫)
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