家霊(岡本かの子)のあらすじ・登場人物
坂のどじょう店「いのち」
- 心理
- 文字数
- 9,395字
- 読了目安
- 約19分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1939年(昭和14年)1月、『新潮』に発表された岡本かの子の短編。山の手から下町へ下る坂道に、どじょう料理の店「いのち」がある。病気の母に代わって帳場に座るくめ子は、もともと家業が嫌で、家を離れて働いたこともあった。暮れの寒い晩、代金のたまった彫金師・徳永から、またどじょう汁の注文が来る。母の代からの習慣と、支払いを求める店の者の意見の間で、くめ子は応対を迫られる。煤けた店内に光るシャンデリア、白い葱や魚の骨、湯気や匂いが描き込まれ、人が食べる姿は強い存在感を持つ。古い暖簾の「いのち」という言葉にも、滋養になる料理の店名から、さまざまな連想が重ねられている。家を継ぐ女の気持ちと、食べ物を求める老人を、ひとつの店の仕事や会話を通して見つめる物語だ。
あらすじ
山の手の高台から下町へ下る坂道の途中に、「いのち」と白く染め抜いた古い暖簾を掲げる、名物のどじょう料理屋がある。どじょうや鯰など精のつく食品を安く食べさせるこの店には、昔から客が絶えない。店を切り盛りするのは女ばかりの一家で、語り手の「くめ子」は、この店を継ぐべき娘として台所と帳場のあいだに坐っている。その店へ、毎晩のように一人の老人がやって来ては、痩せ枯れた体で必死にどじょう汁をせがむ。徳永というこの老人は、かつては腕のよい彫金師でありながら今は落ちぶれ、代金も満足に払えぬ身の上である。くめ子の母は嫌な顔ひとつせず彼にどじょう汁を出してやり、くめ子もまた、その執念じみた食欲のうちに何か捨てておけぬものを感じ取る。やがてくめ子は、亡き祖父もまた芸や道楽に取り憑かれてこの家に生きた人であったこと、そして技芸に憑かれた者を養い支えてきたのが、この店に流れる目に見えぬ「家霊」ともいうべき力であったことに思い至る。落ちぶれてなお創作への渇望を捨てられぬ老彫金師の業と、それを黙って受け止め食べさせてやる市井の女たちの逞しい生命力とを、かの子は「いのち」の暖簾に象徴させながら、短いながらも余韻の深い筆致で描き出す。
冒頭部(原文より)
山の手の高台で電車の交叉点になっている十字路がある。十字路の間からまた一筋細く岐れ出て下町への谷に向く坂道がある。坂道の途中に八幡宮の境内と向い合って名物のどじょう店がある。拭き磨いた千本格子の真中に入口を開けて古い暖簾が懸けてある。暖簾にはお家流の文字で白く「いのち」と染め出してある。 どじょう、鯰、鼈、河豚、夏はさらし鯨――この種の食品は身体の精分になるということから、昔この店の創始者が素晴らしい思い付きの積りで店名を「いのち」とつけた。
「家霊」岡本かの子(青空文庫)
末尾部(原文より)
「店が忙しいから」 と言って袖で胸を抱いて一人で店へ帰る。窓の中に坐る。 徳永老人はだんだん瘠せ枯れながら、毎晩必死とどじょう汁をせがみに来る。
「家霊」岡本かの子(青空文庫)
原文を読む
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