久助君の話(新美南吉)のあらすじ・登場人物
干し草の上の取っ組み合い
- 心理
- 文字数
- 4,713字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 愛知県
この作品について
新美南吉が1939年(昭和14年)、満州の新聞「哈爾賓日日新聞」に発表した短編。南吉の故郷・知多半島の村を思わせる土地で、五年生になる久助君の秋の午後の出来事を描く。遊び仲間を探して村じゅうを歩き回った久助君は、ほら吹きでひょうきんな兵太郎君と干し草のそばで出会い、二人きりでふざけ合うことになる。会話は土地の言葉そのままで、干し草のぬくもりや赤とんぼの羽の光など、子どもの体の感覚に寄り添った描写が続く。子どもの遊びのひとこまを通して、身近な人の心がふと見えなくなる瞬間をとらえた、南吉の少年小説の一つである。
あらすじ
四年から五年になるとき、学術優等品行方正のほうびをもらった久助君は、おとうさんの決めた規則で、学校から帰ると一時間勉強しなければならなくなった。秋の晴れた午後、勉強を終えて外へ出ても、仲間たちの声は聞こえない。宝蔵倉の前にも北のお寺にも誰もおらず、豆畑のあいだを歩いていくと、干し草のそばで兵太郎君に出会う。ほら兵とあだ名される、ひょうきんな少年である。
相撲も蛙とびも断られた久助君は、草の先で兵太郎君の耳をくすぐってからかう。怒った兵太郎君が笑いながらぶつかってきて、二人は猫の子のように干し草にくるまって取っ組み合いを始める。相手は本気なのか冗談なのか、久助君には二つの疑問がかわるがわる浮かぶが、取っ組み合いは夕方まで続く。
何度目かに久助君が上になって押さえつけると、兵太郎君はもう抵抗しなくなる。遠くの車の音に夕方を知った久助君は、くるいすぎたあとのさびしさに襲われ、立ち上がる。すると、黙って地平線を眺める兵太郎君の顔が、見たこともないさびしい顔つきの少年に見え、久助君は世界が裏返しになったように感じる。やはり兵太郎君だとわかってほっとし、照れくさい気持ちで別れるが、それからの久助君は、よく知っている人間でも、ときにはまるで知らない人間になってしまうことがあり、どちらが本当のその人なのかわからない、と思うようになる。それは久助君にとって、一つの新しい悲しみであった。
登場人物
- 久助君 五年生になる少年。電気会社の集金人の父に、帰宅後の勉強を言いつけられている
- 兵太郎君 久助君の仲間。ほら兵とあだ名されるひょうきんな少年で、音痴だが憎めない
冒頭部(原文より)
久助君は、四年から五年になるとき、学術優等品行方正のほうびをもらってきた。 はじめて久助君がほうびをもらったので、電気会社の集金人であるおとうさんは、ひじょうにいきごんで、それからは、久助君が学校から帰ったらすぐ、一時間勉強することに規則をきめてしまった。 久助君は、この規則を喜ばなかった。一時間たって、家の外に出てみても、近所に友だちが遊んでいないことが多いので、そのたびに、友だちをさがして歩かねばならなかったからである。
「久助君の話」新美南吉(青空文庫)
末尾部(原文より)
なんだ、やはり兵太郎君じゃないか。やっぱり相手は、日ごろのなかまの兵太郎君だった。そうわかって、久助君はほっとした。 あたりはもう、うす暗くなっていた。着物から草のごみをはらい、おびをしめなおすと、てれくさい気持ちで、久助君は兵太郎君にわかれた。しっけ、ともいわないで。 だがそれからの久助君は、こう思うようになった。――わたしがよく知っている人間でも、ときには、まるで知らない人間になってしまうことがあるものだと。そして、わたしがよく知っているのがほんとうのその人なのか、わたしの知らないのがほんとうのその人なのか、わかったもんじゃないと。そしてこれは、久助君にとって、ひとつの新しい悲しみであった。
「久助君の話」新美南吉(青空文庫)
原文を読む
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