我鬼(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
老いた秀吉と秀次の疑心
- 歴史
- 文字数
- 8,654字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1946年、雑誌『社会』の創刊号に載った歴史小説。晩年の太閤秀吉と、その甥の関白・秀次を主人公に、朝鮮出兵、鶴松の死、秀頼の誕生という流れのなかで、嫉妬と疑念が二人を追いつめてゆくさまを描く。英雄を人間の弱さの側から見る、安吾の秀吉像。
あらすじ
盛運の秀吉は意志で弱点を抑えていたが、実は狭量で嫉妬深く、小さなことを根に持つ男だった。朝鮮遠征は信長晩年の妄想の模倣にすぎず、計画も方針もないまま失敗する。愛児鶴松の死に狂った秀吉は有馬へ湯治に出て、帰ると朝鮮出兵の触れを出す。やがて秀頼が生まれると、秀吉は関白を秀頼に譲らせたいと願う。関白秀次は秀吉に愛されず、荒淫と残虐に沈みながらも、「殺さなければ殺されない」と必死に祈る。饗宴は延期を重ね、能の興行では秀次の仕舞が喝采を浴びて秀吉の嫉妬をかきたてる。秀吉は突然、謀叛の疑いで秀次を詰問し、秀次は誓紙を書くが、秀吉は一度は涙を流しても、一週間後に高野山へ追って切腹の使者を出す。妻妾子供三十余名は三条河原で斬られ、悪逆塚に葬られた。しかし秀次を殺しても、行く手には家康の影が立ちこめていた。病床の秀吉は五大老五奉行に誓紙を書かせ、前田利家に秀頼を頼み、朝鮮の兵隊たちのことを呟きつつ息絶える。
登場人物
- 豊臣秀吉 盛運の太閤。晩年は嫉妬と不安に苛まれる
- 秀次 秀吉の甥で関白。荒淫と残虐に沈む
- 淀君 秀頼の母
- 徳川家康 秀吉が最後まで恐れる影
- 前田利家 秀吉の唯一の親友
- 織田信雄 信長の遺子。秀吉の嫉妬を知って下手に演じる
冒頭部(原文より)
秀吉は意志で弱点を抑へてゐた、その自制は上り目の時には楽しい遊戯である。盛運の秀吉は金持喧嘩せず、心気悠揚として作意すらも意識せられず、長所だけで出来あがつた自分自身のやうであつた。彼は短気であつたが、あべこべに腹が立たなくなり、馬鹿にされ、踏みつけられ、裏切られ、それでも平気で、つまり実質的な自信があつた。家康に卑屈なほどのお世辞を使ひ、北条の悪意のこもつた背信に平然三年間も人事のやうに柳に風、すべては昇運の勢である。けれども、実際は狭量で、変質的に嫉妬深く、小さなことを根にもつて執拗に又逆上的に復讐する男であつた。その気質を家康は知つてゐた。
「我鬼」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
秀吉は病床の枯木の骨を抱き起させ、前田利家の手をとり、おしいたゞいて、大納言、頼みまするぞ、頼みまするぞ。利家はたつた一人の親友だつた。枯木のうちに、不思議に涙はあるものだつた。 秀吉はふと目をひらいた。もつと大きな目をひらくために努力してゐるやうだつた。そして突然顔が目だけであるやうに大きくうつろな穴をあけた。古いすゝけた紙のやうに濁つて鈍く光つてゐた。朝鮮の兵隊たちを、あとはよく聞きとることが出来なかつた。殺すな、と言つたやうだつた。そして眼がだんだん閉ぢた。秀吉は死んでゐた。
「我鬼」坂口安吾(青空文庫)
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