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幻談(幸田露伴)のあらすじ・登場人物

夕暮れの沖釣りの怪異

  • 怪奇

幸田露伴 1938年(昭和13年)9月

文字数
17,248字
読了目安
約34分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

幸田露伴が1938年(昭和13年)に発表した短編小説。釣りをこよなく愛した露伴晩年の名品として知られる。老人が語り聞かせる体裁をとり、アルプス登攀の遭難譚を枕に、江戸前の海での怪異な一日へと話が移る。ある武士が船頭とともに沖釣りに出た夕暮れ、見事な釣竿を目にしたことが、その後の一夜と翌日に不思議をもたらす。釣りの蘊蓄と幽玄の気配が溶け合った、談話体の傑作である。

あらすじ

暑い盛りに老人が語り出すのは、海にまつわる不思議な話である。ある武士(客)が、船頭の吉とともに江戸前の海へ沖釣りに出た夕暮れどき、薄暗い海面から釣竿のようなものがひょいひょいと現れる。近づいてみると、それは見事な野布袋竹の一本竿で、しかも水死者――「お客さん」がしっかりと握って離さない。六十がらみの、中気で釣りの最中に海へ落ちたと思われるその老人の亡骸は、死してなお小指で竿尻を握りしめている。竿の出来ばえに油然と愛着を覚えた武士は、ためらいながらも死者の指を折り、ついに竿を奪い取って持ち帰る。翌日、雨のなかで竿をあらためると、水の浸みぬ工夫や段々に細くした糸の仕掛けなど、亡き持ち主がいかにこの竿を大切にしていたかがしのばれ、死んでも放さなかった執心が二人にも分かってくる。その夕方、ふたたび釣りに出ると、竿はこちらにあるはずなのに、前日と寸分たがわぬ暮れ方の海に、あの竿の幻がひょいひょいと現れる。怪を見て怪とせぬ強がりも通じず、武士と船頭は互いの目のなかにこの世ならぬものを覗き込む。ついに武士は竿を取り出し、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱えて、それを海へ返してしまうのだった。釣りの深い蘊蓄と、死者の執心がただよわせる幽玄の気配とを溶け合わせた、露伴晩年の談話体の傑作である。

登場人物

冒頭部(原文より)

 こう暑くなっては皆さん方があるいは高い山に行かれたり、あるいは涼しい海辺に行かれたりしまして、そうしてこの悩ましい日を充実した生活の一部分として送ろうとなさるのも御尤もです。が、もう老い朽ちてしまえば山へも行かれず、海へも出られないでいますが、その代り小庭の朝露、縁側の夕風ぐらいに満足して、無難に平和な日を過して行けるというもので、まあ年寄はそこいらで落着いて行かなければならないのが自然なのです。

「幻談」幸田露伴(青空文庫)

末尾部(原文より)

 怪を見て怪とせざる勇気で、変なものが見えても「こっちに竿があるんだからね、何でもない」という意味を言ったのであったが、船頭もちょっと身を屈めて、竿の方を覗く。客も頭の上の闇を覗く。と、もう暗くなって苫裏の処だから竿があるかないか殆ど分らない。かえって客は船頭のおかしな顔を見る、船頭は客のおかしな顔を見る。客も船頭もこの世でない世界を相手の眼の中から見出したいような眼つきに相互に見えた。  竿はもとよりそこにあったが、客は竿を取出して、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と言って海へかえしてしまった。

「幻談」幸田露伴(青空文庫)

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