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悟浄歎異(中島敦)のあらすじ・登場人物

悟浄が見つめた仲間たち

  • 幻想
  • 心理

中島敦 1942年(昭和17年)11月 「書き下ろし」

文字数
12,451字
読了目安
約25分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

中島敦が1942年(昭和17年)、作品集「南島譚」に書き下ろしで収めて発表した短編小説。副題は「沙門悟浄の手記」。「西遊記」に取材した「わが西遊記」二部作の一編で、三蔵法師の一行に従う沙門・悟浄が、奔放無比の孫悟空への憧れ、憎めない猪八戒、そして静かに一行を導く三蔵法師について綴った手記の形をとる。何事にも思い悩む内省的な悟浄が、優れた仲間たちとの交わりを通して、人間や生き方への省察を深めていく。中島が自らの分身を悟浄に託して描いた、思索的で静謐な佳品である。

あらすじ

三蔵法師の一行に加わって天竺を目指す沙門・悟浄が、道中の仲間たちについて綴った手記という体裁の物語。悟浄は、変身の術を難なく操り、天をも恐れぬ奔放な力を発揮する斉天大聖・孫悟空に、抑えがたい憧れと畏敬の念を抱いている。悟空はいっさいの理屈を超え、ただ今この一瞬を全力で生き切る「行動の人」であり、何事にも思い悩んでばかりの内省的な悟浄とは正反対の存在だった。食欲や色欲に忠実で憎めない猪八戒、そして――頼りなげにも見えながら静かに一行を導く三蔵法師。この師の、常に遠くを見つめるような澄んだ眼差しの意味を、悟浄はある夜、山中で星空を見上げながらふと悟る。師はいつも永遠を見つめ、その永遠と対比された地上のすべての、いつか滅びゆくはかない命のうえに、絶えず憐れみの眼を注いでいるのだ、と。傷つくことを恐れて人と深く交わりきれずにいた悟浄が、優れた仲間たちに触れて心の奥に温かな灯をともしていく姿を、中島敦が自らの分身のように描いた「わが西遊記」の一編である。

登場人物

冒頭部(原文より)

 昼餉ののち、師父が道ばたの松の樹の下でしばらく憩うておられる間、悟空は八戒を近くの原っぱに連出して、変身の術の練習をさせていた。 「やってみろ!」と悟空が言う。「竜になりたいとほんとうに思うんだ。いいか。ほんとうにだぜ。この上なしの、突きつめた気持で、そう思うんだ。ほかの雑念はみんな棄ててだよ。いいか。本気にだぜ。この上なしの・とことんの・本気にだぜ。」

「悟浄歎異」中島敦(青空文庫)

末尾部(原文より)

 俺は起上がって、隣に寐ておられる師父の顔を覗き込む。しばらくその安らかな寝顔を見、静かな寝息を聞いているうちに、俺は、心の奥に何かがポッと点火されたようなほの温かさを感じてきた。 ――「わが西遊記」の中――

「悟浄歎異」中島敦(青空文庫)

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