群集の人(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
雑踏の孤独と夜の階段
- 幻想
- 怪奇
- 文字数
- 5,592字
- 読了目安
- 約11分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1932年(昭和7年)、雑誌「若草」に発表された坂口安吾の短編。題名はエドガー・ポーの「群衆の人」を思わせる。定年で大学教授をやめた独身の斑猫先生が、人付き合いを避けて銀座裏のアパートに隠れ住み、雑踏の中でこそ静かな孤独を味わおうとする。ある夜の散歩で迷いこんだ建物の階段をきっかけに、不思議な出来事に出会う。軽妙な文体の中に、幻想とおかしみ、そこはかとない不安が混ざる。
あらすじ
停年で大学教授をやめた独身の斑猫蕪作先生は、世間との付き合いを断つために銀座裏のアパートへ引っ越した。雑沓の街は、人々が互いに無関心な分だけ、地上でいちばん静かな場所だと先生は思い、昼も夜も群衆の中を歩き廻る。ある晩、人気のない通りの暗い入口の奥に、薄明るく照らされた階段が見えた。先生は引き寄せられるように中へ入り、一段ずつ昇って腰を下ろす。闇の中で、酔漢の影が入口の矩形を横切ってゆくのを眺めていると、どこからか時計の音や、人の呻く低い声が聞こえてきた。やがてその声は「お母さん、お母さあん」という子供の声だと分かり、夫婦者のアパートか何かだろうと判断して、先生は急いでその建物を出る。自動車を拾って銀座裏のアパートへ帰り、ピヂャマに着替えてベッドへもぐろうとしたとき、そこに、痩せこけた冷たい奴がねているのに気づく。逃げようとしても足が動かず、先生は絶望のうちにベッドへ倒れこんで、そいつの肩にすがり、「お母さん」と泣き叫ぶ。翌朝、重い頭で目覚めた先生は、爽やかな雑沓へ飛び出し、昨夜のことは夢だったとしか思い出せなかった。
登場人物
- 斑猫蕪作 停年で大学教授をやめた独身の先生。雑沓の街に隠遁する
冒頭部(原文より)
雑沓の街は結局地上で一番静寂な場所であるかも知れない。斑猫蕪作先生は時々恁んな風に思ひつかれることもあつたが、兎に角斑猫先生はアッサリと銀座裏のアパアトへ引越してきた。行方杳として知れず――つまり斑猫先生は風のやうに消息を断つて、ひそかに雑沓の街へ隠遁したわけであつた。これで清々したと先生は考へた。 先生は独身で通したので、もともと一人ぽつちであつた。
「群集の人」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
それだけがボキャブラリイであるやうに、一生懸命にさう言つて泣き喚かずにはゐられなかつた。その喚きを何べんも何べんも繰返してゐるうちに、熱くるしい泪の奥へ声も身体も意識もだんだん縮んで細くなり、消えていつてしまふのが感じられた。 翌日、重い頭を抱へて目を覚した斑猫先生は、何よりも先づ爽やかな雑沓へ慌しく飛び出して、明るい蒼空を時々見ながら、昨夜のことは、あれはみんな夢であるといふ風にしか思ひ出すことが出来なかつた。
「群集の人」坂口安吾(青空文庫)
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